介護業界では、慢性的な人材不足と高い離職率が大きな課題となっています。特に現場で働く職員の「やりがいの損失」や「将来への不安」は、離職へと直結しやすく、現場の安定運営を揺るがす要因となります。
昨今では「賃上げしなければ人は集まらない・辞めてしまう」という声が高まる一方ですが、ご存じ通り賃金の原資は限られています。このような厳しい状況下でどのような施策を打つのかが喫緊のテーマです。本コラムでは、人事制度の構築・見直しによる離職防止と定着率向上の実現方法を、具体的な要素とステップに分けて解説します。
【無料オンラインセミナーに申込む】
”賃上げ圧力時代”を乗り切る!今こそ知りたい人事制度
介護現場における慢性的な人材不足は、サービスの質の低下や既存職員への業務負担の増加を引き起こし、さらなる離職を招くという悪循環を生み出します。こうした状況を打破し、安定した運営を実現するには、現場を支える職員の確保・定着が何よりも優先すべき課題といえるでしょう。
介護業界における離職の要因は一つではなく、賃金水準、長時間労働、夜勤体制、身体的・精神的な負担、複雑な人間関係など、複合的に絡み合っています。
なかでも特に深刻なのが、「業務に見合った賃金が得られていない」という不満です。
この不満がモチベーションの低下を招き、離職を後押しします。そして、人員が減ることで残ったスタッフの負担が増し、さらに離職者が出る。まさに負のサイクルです。
このサイクルを断ち切るためには、単に賃上げを改善するだけでは不十分です。働きやすい環境整備と、将来が見通せる人事制度の構築が不可欠となります。
現場では「とにかく賃金を上げてほしい」という要望が多く聞かれますが、事業運営上、むやみに賃金を上げることは困難です。むしろ、人件費を適正化し、限られた原資の中で公平性と納得感を持たせることが重要です。
ここで重要になるのが「人事制度」の整備です。等級・評価・報酬の各基準が曖昧なままだと、職員は「どれだけ頑張っても報われない」と感じ、モチベーションが低下します。逆に、努力や成果が正当に評価される仕組みがあれば、賃金水準が劇的に高くなくとも、納得感を得ることができ、定着につながります。
介護施設における人件費は、経営費用の過半数を占めることも珍しくなく、経営に直結する重要な項目です。しかし、「人件費がかかっているから」と、安易にスタッフ数を減らしたり、給与を引き下げたりすれば、かえって離職が増加し、現場の混乱を招くリスクがあります。
そこで求められるのが、「業務改革」という視点です。具体的には以下のような取り組みが挙げられます。
業務の平準化・シフト最適化
業務が属人化していると、一部のスタッフに負担が集中し、結果としてモチベーション低下や離職につながります。業務マニュアルを整備し、誰が担当しても一定の品質が保たれる仕組みを作ることで、スタッフの業務量を平準化することができます。加えて、シフトを稼働状況や利用者のニーズに合わせて柔軟に組むことで、過不足のない配置が可能になります。
タスクの明確化
業務の「見える化」を行い、優先順位を明確にすることで、重要なケア業務に集中できる環境を整えます。介護職員が本来の業務に専念できるよう、間接業務は他職種と分担するなど、役割分担の見直しも有効です。
ICT機器の導入
移乗支援や見守りなどに介護ロボットを活用することで、職員の身体的負担を軽減し、同時に業務の効率化を図ることができます。特に夜勤帯や人手不足の時間帯において、ロボットの補助は大きな助けになります。
このように、削るのではなく「無駄を省き、価値を生む働き方」へとシフトすることが、結果的に職員満足度と施設の収益性の両方を高めるポイントになるでしょう。
介護現場において、人材は資産です。職員一人ひとりのスキルが高まれば、その分だけ対応力・判断力が増し、利用者へのサービス品質も向上します。これは、現場の生産性向上だけでなく、職員自身の成長実感にもつながり、定着率向上に大きく貢献します。
外部研修・資格取得支援
介護福祉士や実務者研修、認知症ケア専門士など、各種資格取得への支援制度を整備することで、職員のキャリアパスを明確化できます。研修受講費の補助や、勤務時間内での受講機会の確保は、忙しい現場職員にとって大きな後押しとなります。
成長がやりがいを生む
スキルが上がることで、自信を持って仕事に取り組めるようになり、仕事のやりがいを実感しやすくなります。これは「辞めない理由」の一つとして非常に重要であり、現場の安定にもつながります。
生産性の向上
例えば、同じ人数でもスキルの高いスタッフが揃っていれば、1人あたりの対応件数が増え、業務効率が自然と上がります。結果として人員増をしなくても、一定のサービス品質を維持でき、長期的にはコスト削減にも寄与します。
今後も最低賃金の上昇は避けられず、特に非正規職員の多い施設では大きなコスト増になります。処遇改善加算も一定の支援にはなりますが、それだけでは不十分です。持続可能な経営を目指すなら、自施設での人事制度の整備が必要不可欠です。
人事制度の見直しは、一見手間がかかるように見えますが、その効果は非常に大きく、将来的な人材確保や経営安定のための攻めの投資ともいえます。では、具体的に人事制度を導入することでどのようなメリットがあるのでしょうか。
キャリアパスや評価基準が明確になることで、職員は自身の成長イメージを持ちやすくなります。「ここでなら成長できる」という実感が、離職を防ぎ、長く働き続けたいという意欲を引き出します。
職務や役割に応じた賃金水準を整備することで、能力と報酬のバランスを適正に保つことができます。昇給・賞与のルールが明確になることで、経営側としても中長期的なコスト管理がしやすくなります。
公平性と納得感のある評価制度があることで、「頑張りがきちんと報われる」環境が整います。成果や能力が報酬や役職に反映されることで、職員のやる気や主体性が引き出され、生産性向上にもつながります。
人事に関するルールや運用がオープンになれば、不公平感や不透明さが解消されます。評価や昇給に関する説明責任を果たせることで、職員同士の信頼関係や組織内の風通しも改善されます。
等級制度や昇進昇格要件が明確になることで、教育・研修内容が体系化され、育成の質が高まります。若手・中堅・ベテランなど、それぞれの成長段階に応じた支援が可能になり、組織全体の底上げにもつながります。
人事制度の整備は、求職者にとっての安心材料であり、採用活動においても大きなアピールポイントとなります。また、制度の整備状況は、行政や金融機関、外部ステークホルダーからの信頼性を高める材料にもなります。
職員の能力や役割に応じて等級(グレード)を設定する仕組みです。「どのようなスキル・役割を担えば上の等級に進めるのか」を明確にすることで、職員の成長意欲を高めます。
【例】等級1:初任者 → 等級2:中堅 → 等級3:リーダー → 等級4:管理者
職員の働きぶりや成果について、なにを・どの基準で・どう評価するかを定める仕組みです。介護の現場では「成果」だけでなく、「能力」や「業務への姿勢」なども重視されます。主観を排除し、誰が評価しても同じ結果になるような評価基準を整備することが重要です。
評価結果を昇給・賞与・手当に反映させることで、モチベーション維持につながります。頑張っても報われないという不満を防ぐ仕組みが必要です。
【例】評価A:基本給1,000円昇給+賞与加算/評価C:昇給なし
「頑張っているのに評価されていない」「何をすれば昇給できるのか分からない」そうした声がある職場では、離職や不満の原因になりかねません。まず着手すべきは、評価の見える化です。
以下のように評価シートを活用し、職員に求める業務遂行能力や成果などを明文化し、自らの振り返りと他者からのフォードバックを受けることで、職員は自分の立ち位置と成長ポイントを自覚できます。評価者と職員との間における、対話の質も向上します。「公正に見てもらえている」という実感は、職員のモチベーションと定着率の大きなカギとなります。
人事制度を導入する際には、基本給や諸手当(住宅手当・家族手当・資格手当など)賞与、退職金などの構成要素を整理し、「どのような条件でどれだけの報酬が得られるのか」を明確に示すことが重要です。たとえば、等級に応じて基本給が段階的に上がる仕組みや、資格取得や役職登用で手当が加算される設計は、職員にとって非常に分かりやすく、働きがいにつながります。また、退職金制度についても「何年勤務すればいくら受け取れるのか」が可視化されることで、職員のキャリアビジョンを支えることにもつながります。
処遇改善加算は職員の処遇を引き上げる貴重な財源ですが、単に「配分するだけ」では国の方針により一律に賃上げをしている以上のメッセージを持たせることができません。特に、基本給や賞与で差をつけづらいと考えられる場合は、評価と加算連動させることで、「頑張れば報われる」という職員の納得感が高まります。
~ 人事制度の導入プロセス ~
介護事業所が人事制度を導入する際には、大きく分けて「自社で独自に進める方法」と「外部のコンサルティング会社に依頼する方法」があります。
自社で進める場合、コンサル費用がかからないという大きなメリットがある一方で、社内での意見対立や導入スケジュールの遅れ、評価制度が客観性を欠いてしまうリスクもあります。また、他社事例を参考にしづらいため、制度の正当性や納得感を従業員に伝えるのが難しくなることも少なくありません。
一方で、外部コンサルを活用すれば、第三者の視点による制度設計や、他法人の事例に基づいた設計・説明が可能になるというメリットがあります。
いずれの方法にも一長一短はありますが、人事制度の目的や構成、そして導入までのプロセスそのものに大きな違いはありません。重要なのは、制度設計の基本的な流れとポイントを押さえ、適切な準備を経て導入を進めることです。
では人事制度導入の基本的なプロセスについて、解説していきます。
組織体制や職務内容、等級・評価・報酬の現状、離職率などを分析し、課題を特定します。
等級・評価・報酬制度の大まかな枠組みを定め、目指す組織像に合わせた基本方針を整理します。
役職や職責に応じた等級や評価基準、報酬体系を具体的に設計します。現場とのすり合わせも重視します。
新制度を仮運用し、評価や処遇の妥当性・公平性を事前に検証します。
現行職員を新制度の等級に格付けします。公平感を保つ丁寧な運用が求められます。
新制度の目的や影響を明確に伝え、不安を払拭します。納得と理解を得る説明の場を設けます。
評価を担う管理者へ評価基準・運用方法を周知し、制度の信頼性を担保します。
制度を本格運用し、運用状況を継続的に観察します。問題があれば早期に対処します。制度の定着状況を見ながら、微修正や再研修を行い、制度の持続可能性を高めます。
すでに人事制度を導入している場合でも、それで終わりではありません。制度は一度導入すれば永続的に機能するものではなく、3~5年に一度を目安に定期的な見直しを行うことが重要です。
働き方改革、育児・介護制度の法改正、賃上げ要請など外部要因の変化に加え、社内の年齢構成や価値観の変化にも対応し続けなければなりません。制度が現状に合っていないままだと、職員の不満や組織のパフォーマンス低下につながるため、継続的な点検・更新が制度運用の肝になります。
制度をうまく機能させるためには、従業員との「合意形成」が非常に重要です。
経営者が一方的に制度を決めてしまうと、「押しつけられた制度」と受け取られ、定着しにくくなります。まずはアンケートや面談を通じて現場の声を集め、制度設計の段階から現場の意見を反映する姿勢が求められます。
また、導入には時間をかけることも大切です。少なくとも1年前から準備を始め、丁寧な説明とフィードバックの期間を設けることで、制度への理解・納得を高めましょう。
人手不足が深刻化する中、介護事業者に求められるのは「選ばれる職場」であることです。そのためには、制度を活用し、「頑張れば報われる」「ここで働き続けたい」と思える環境づくりが不可欠です。
給与を上げる前にやるべきこと、それが人事制度による人件費の適正化と職員の納得感の醸成です。制度を整えることで、結果的に「賃金アップに頼らない離職防止・定着率アップ」が可能になります。
CBグループでは、医療・介護・福祉業界に特化をした人事制度構築のご支援を行っております。他社の事例が知りたい、自社に合った制度がどのようなものか相談したい等、様々なお声に応じてまずは個別面談の機会をご提供させていただいております。個別面談は無料となりますので、ご興味のある方はぜひ下記のお問い合わせフォームをご記入ください。
2019年にCBグループへ入社。現部署配属後、薬局・病院にて人事制度構築や教育研修に関わる。これまでに人事支援に携わった法人は20名〜800名規模とさまざま。各法人の特徴や今後の経営方針に合わせて制度導入の支援を行っている。