M&Aを行う際の買収価格の算定には、様々な方法があります。
その中で資産基準+営業権方式は、頻繁に利用される算定方法です。

企業や病院の資産性のみならず、営業権として将来価値も踏まえた上で買収価格算定が可能な資産基準+営業権方式について、その内容を解説いたします。

資産基準+営業権方式とは

M&Aを行う際の買収価格の算定には、簿価純資産法、時価純資産法、収益還元法(DCF法)、配当還元法など様々な方法が存在します。

様々な算定方法が存在する中で、今回は資産基準+営業権方式を取り上げます。

M&Aにおいて買収価格の算定を行う方法の一つ

資産基準+営業権方式は、M&Aにおいて買収価格の算定を行う方法の一つとして頻繁に利用されています。

簿価純資産法や時価純資産法など資産面からのアプローチのみならず、営業権という将来価値からのアプローチも加味することで、企業の資産価値と将来の価値の両者を踏まえた上で買収価格の算定が可能です。

資産基準+営業権方式を使うポイント

ポイントを示す男性

資産基準+営業権方式を使う際のポイントは、被買収側企業の貸借対照表にあります。

貸借対照表の資産の部、負債の部に計上される各科目について、どのような評価がなされるかで、最終的に算定される買収価格は大きく変化します。

ただし各資産の時価評価を行うことが目的であり、恣意的な評価はできません。

貸借対照表で修正する項目を理解する

資産基準+営業権方式で買収価格を算定する際、貸借対照表で修正される可能性のある勘定科目は下記となります。

  • 未収入金
    将来の現金回収額を現在価値で評価するなどして確定させる
  • 棚卸資産
    棚卸を行うなどして在庫の評価を確定させる
  • 土地
    取得簿価で計上の企業が殆どであり、路線価等を参考に時価評価する
  • 建物
    資産実態に即した時価評価を行う(税務上の償却額のみでは資産実態と乖離のケースが多い)
  • 営業権
    詳細は後述します(「営業権とは」にて)
  • 負債
    銀行や取引先からの負債に加え、繰延税金資産や退職給与債務等の金額を確定させる

資産基準+営業権方式の主なメリット

買収価格算定の際に、資産基準+営業権方式を利用する主なメリットは下記となります。

  • 損益計算書が赤字の病院等も評価可能
  • 病院解散後の最低限の価値が把握できる
  • 買収資金を融資してもらう場合の資料に利用できる

それぞれを詳しく解説していきます。

損益計算書が赤字の病院等も評価可能

資産基準+営業権方式での買収価格算定は、現在の資産性と将来性からの価格アプローチです。

よって低採算の病院や赤字の病院などでも、資産性から評価可能です。
ただし過去の大幅な赤字計上により、資産内容が劣化している場合や債務超過に転落している場合は、資産基準+営業権方式であっても時価純資産額が低くなるため、その評価は低くならざるをえません。

病院解散後の最低限の価値が把握できる

株式投資や企業評価の世界では、1株当たり純資産価格が重要視されます。
1株当たり純資産価格は企業の解散価値と同一です。

1株当たり純資産価格を下回る価格で会社が買収される場合、株主は買収より会社を清算して現金化することで、より多額の資金回収ができます。
よって企業評価の際、1株当たり純資産価格は絶対防衛ライン(=最低限の価格)の役割を果たします。

資産基準+営業権方式での買収価格算定には、病院の時価純資産価格の把握が必要であり、結果的に解散価値の把握も可能です。

買収資金を融資してもらう場合の資料に利用できる

企業や病院を買収する側は、被買収側に比べ規模が大きい場合が殆どです。
しかし手元資金のみで買収資金を準備できるケースは限られます。
多くの場合、買収資金の一部及び大半は銀行借り入れにより調達されます。

買収資金を銀行から借り入れる際は、買収後の事業計画や資金計画の提出が必須です。
更に被買収企業や病院の、株価や企業価値算定書も必要不可欠です。

資産基準+営業権方式による買収金額の算定書は、銀行から買収資金の融資を受ける際の提出資料としても利用できます。

営業権とは

腕を組む男性

営業権とはのれんとも言われ、企業のノウハウやブランドなど目に見えない資産価値を表します。
また実務上は事業や企業の買収を行う際の、時価純資産価格と実際の譲渡価格の差が営業権に該当し、買収企業の貸借対照表の借方に計上されます。

実際の譲渡価格を決める際の評価方法としては、下記3種類が存在します。

  • 時価純資産額の評価
  • 利益年倍法の評価
  • 超過収益還元法の評価

尚、会社法上の正式名称は営業権ではなくのれんです。
しかし一般的には営業権との表現が広く利用されており、以下では営業権の名称で解説いたします。

時価純資産額の評価

時価純資産額は、最も一般的な譲渡価格評価方法です。
買収対象の貸借対照表の各科目を時価評価し、資産全体を時価評価した後に算定される時価純資産額が評価額となります。

時価純資産額で買収が行われる場合は、時価と実際の買収価格との差額は生じないため、営業権も発生しません。

利益年倍法の評価

実際にM&Aが行われる場合、買収価格を時価純資産額+営業利益の数年分で決定するケースが多いといえます。
このような価格の決め方は、利益年倍法と呼ばれます。

利益年倍法により買収価格が算定されると、時価純資産額に加算される数年分の営業利益が営業権となります。
買収側は、被買収企業の数年先までの営業利益を時価純資産価値とは別に評価して、企業買収を行います。

上場企業の企業買収では、営業利益ではなくEBITDA(Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization:税引前利益に支払利息・減価償却費を加えて算出する)が利用され、EBITDAの何倍で買収がなされるか、というのが代表的な指標です。
よって利益年倍法での買収価格決定方法は、EBITDA倍率に類似の指標となります。

超過収益還元法の評価

超過収益還元法は、将来得られる実際収益(フリーキャッシュフロー)から期待収益(投下資本×期待収益率)を差し引いた金額を超過収益とし、超過収益を割引率で除した数字が営業権となります。
計算式は下記となります。

  • 超過収益=実際収益(フリーキャッシュフロー)-期待収益(投下資本×期待収益率)
  • 営業権=超過収益÷割引率(将来得られる収益を現在価値に換算するための指標)

超過収益還元法の利用には、具体性のある詳細な事業計画書の作成が必要不可欠です。よって利用のハードルは高くなりますが、理論的なアプローチで営業権の算定ができます。

正しく利用することで買収会社の企業価値を知ることができる

腕を組む男性

M&A時の買収価格の算定には、様々な評価方法が存在します。
しかし企業や病院の買い手側は安く買いたい反面、売り手側は高く売りたいため、相反するニーズを合致させる必要があります。

よって時価純資産額に上乗せされる営業権の評価は、交渉により決められるケースが殆どです。
ただし買い手側と売り手側で共通の視線を得るために、各評価方法は必要不可欠といえます。

買収価格算定には様々な方法があるものの、自社の実状を踏まえた上での評価方法の採用が必要です。
その中で資産基準+営業権方式は、買収対象の資産性に加え将来性も加味できる方式であり、M&Aの際に多く利用されている算定方式となります。

ただし企業や病院の買収は相手方も存在するため、理論値だけでは決まらない、という現実面も認識する必要があります。
その点はご注意下さい。

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