介護施設のM&Aは、譲渡・譲受することがゴールではありません。むしろ、そこからが“新たな運営のはじまり”とも言えます。
今回のコラムでは、全国で介護・医療事業を展開されている大手法人様にご協力いただき、約2年半前に弊社支援のもとで譲受された、首都圏の介護付き有料老人ホームにおける、譲受後の取り組みや運営改善の事例をご紹介します。
譲受前は空室が目立ち、経営的にも課題を抱えていた本施設ですが、地域ニーズに応える形で運営方針を見直し、見事に再生を遂げました。その背景には、買手法人の明確なビジョンと、現場で汗をかく施設長様のリーダーシップがありました。
今回は、M&Aを担当されたご担当者様と施設長様に、譲受当時のご決断や苦労、譲受後の運営体制の見直し、そして現在の施設運営についてお話を伺いました。
実際に見学させていただいた施設の様子
ーCBパートナーズ:譲受されたのはもう今から2年半前になりますが、あらためて介護付き有料老人ホームをご譲受された背景や理由についてお聞かせいただけますか?
M&Aご担当者様:私たちは譲受したこの施設以外にも100室を超えるような大規模な施設の運営も手掛けております。過去には稼働していなかった施設を譲り受け、地域のニーズに合わせて運営形態を転換し、再生させた経験もあります。
今回の案件においても、譲受前は空室が多く見られましたが、地域には24時間手厚い看護サービスを受けられるという安心感を備えたホームのニーズが強く、「この地域の実情に合ったサービスへ転換すれば、経営の立て直しが図れるのではないか」と感じたことが、譲受を検討するきっかけとなりました。
また、私たちは病院経営の支援やコンサルティングも行っており、その知見やネットワークを活かすことで、地域の医療・介護ニーズにより的確に応えていけると考えております。
単なる事業譲受にとどまらず、「地域に求められる施設としての再出発」と「経営の再構築」が両立できる可能性に大きな手応えを感じ、今回のご縁を前向きに受け止めることができました。
ーCBパートナーズ:案件をご紹介させていただいてからのレスポンスも非常に早かったですよね。意向表明書のご提出もすぐいただきました。
M&Aご担当者様:案件概要書をいただいてから2〜3日後には「ぜひ面談させてください」とお伝えしました。他の候補者もいらっしゃったと聞いていたので、私たちがやらせていただきたいという強い気持ちで臨みました。TOP面談もすぐにご調整いただき、スピーディーに進めることができました。
ーCBパートナーズ:迅速にTOP面談に進まれましたが、実際にご検討・ご決断にあたって、不安に感じられた点はありませんでしたか?
M&Aご担当者様:訪問してみると、もともと介護施設として設計された建物ではなかったため、バリアフリーとは程遠い造りでした。トイレ前に段差があったり、居室出入口のドアがスライド式ではなかったり、エレベーターもストレッチャーが入らないサイズだったりと、多くの課題がありました。丸々使われていないフロアもあり、どれほどの修繕コストがかかるか不安でしたね。
次に課題に感じたのは職員採用です。私たちは採用にはどちらかというと自信があるほうでしたが、この地域は県内でも特に人材確保が難しいエリアです。さらにホーム内に24時間看護職員を常駐させるために、職員数も少なくとも倍以上に増やす必要があり、安定した採用ができるかどうかが大きな懸念事項でした。
そして3つ目は、前オーナー様の関与度合いです。ご家族経営の体制で、代表・施設長・現場責任者すべてがご家族の方でした。いわゆる“自走していない”状態であっため、譲渡後に誰も残らないとなると、引継ぎがうまくできるのか不安がありました。
ーCBパートナーズ:譲受後に手厚い看護サービスを提供するモデルへの転換を進められたと伺っています。この取り組みに至った背景や経緯をお聞かせください。
M&Aご担当者様:この施設では全フロアを一律に新しいモデルに転換したわけではなく、譲受前からのご入居者様も変わらずにお過ごしいただけるよう、一部のフロアのみを転換させていただきました。
手厚い看護サービスを提供するモデルへの転換背景には、地域における深刻な医療ニーズがあります。特に都市部では、病院を退院したものの受け入れ先がない方が増えています。自宅に戻ってももちろん看護師はいないため、末期がんの方など在宅ケアは難しい状況です。特養も、夜間に必ずしも看護師が常駐しているわけではなく、十分な受け入れ先とは言えません。
一方で、利用者様の死生観も変化してきています。延命治療ではなく、できるだけ自宅に近い環境で自然に最期を迎えたいという方が増えており、こうした価値観に応えられる施設は圧倒的に不足しています。
私たちはこれまで病院経営のコンサルを手がけてきた知見とネットワークを活かして、こうした地域ニーズに応える新しいモデルの実現を目指しました。この施設がある地域も療養病床が非常に少なく、このモデルを展開するにはとても適していると感じています。
ーCBパートナーズ:譲受されてから約2年半が経ちましたが、譲受前から勤務されていた職員の方々は、現在も継続して働かれていますか?
施設長様:はい、譲受前からの職員のうち、約9割が現在も勤務を続けてくれています。退職されたのは2名のみです。
ーCBパートナーズ:譲受されて半年後に状況をお伺いしたときも、ほとんど退職されていないとお聞きしていましたが、2年半経った今でも変わらないとは驚きです。なぜそこまで定着率が高いのでしょうか?
施設長様:職員の皆さんに共通しているのは、「働いてきた施設への愛着」だと思います。建物や入居者様に対する想いが強く、「私たちがいなくなったら、この施設はどうなるのか」と口にされる方も多くいらっしゃいました。もちろん、譲受に際して職員の皆さんの処遇については不利益な変更は行わないなど、万全の配慮を行ったことも、少なからず影響しているかと思います。
ーCBパートナーズ:一般的な介護付き有料老人ホームから、手厚い看護サービスを付加したモデルへの転換は、職員にとっても大きな変化だったと思いますが、離職に繋がらなかったのは本当に素晴らしいですね。従業員の定着にむけて、何か意識的に取り組まれていたことはありますか?
施設長様:やはり、譲受直後の不安や戸惑いにしっかり向き合ったことが大きかったと思います。譲受前から残ってくださった方は、実力も経験もあるベテラン職員が多く、もともと施設の基盤はしっかりしていました。ただ、経営者が変わることへの不安はとても大きかったのではないかと思います。
私自身は譲受1ヶ月前から施設に入り、一人ひとりと丁寧に面談を重ねました。10年以上勤められてきた職員も多く、強い思いを持って働いてこられた方ばかりです。「親会社がどういう会社か分からない」「これからどうなるんだろう」といった不安の声に対しては、会社の理念から「入居者様だけでなく、職員も大切にする会社です。皆さんのことを守ります」ということをしっかり伝えました。
ーCBパートナーズ:その丁寧な姿勢が、信頼構築に繋がったんですね。施設長様が看護師としての現場経験が豊富であったことも大きな要素だったのではないでしょうか?
施設長様:そうですね。看護の現場では、判断が求められる場面も多く、「自分たちで決めていくしかない」という状況も少なくありません。だからこそ、私自身が現場に入り医療処置を行うことで、職員の不安を少しでも和らげたいと思いました。
実際に私が現場に入り、対応している姿を見て「施設長が対応してくれている」と職員の間で話題になったこともあったようです(笑)。言葉で伝えるだけでなく、背中を見せることで少しずつ距離が縮まり、信頼関係が生まれていったと感じています。
ーCBパートナーズ:本当に素敵なお話ですね。職員の方々の想いと、施設長様の姿勢がしっかりと噛み合い、現在の安定した施設運営に繋がっているのだと感じました。
ーCBパートナーズ:譲受されたこちらの施設、もともとは身体の支援を必要としない方を対象としたつくりで、あまり有料老人ホームらしくない少しユニークな雰囲気でしたよね。譲受後、建物の修繕や改修についてはどのような観点で検討されたのでしょうか?また、一番手をかけた部分はどこでしょうか?
M&Aご担当者様:一番大きな課題は、ストレッチャーが入らないエレベーターでした。手厚い看護サービスを提供する介護施設としては致命的な問題だったため、思い切ってエレベーター専用の建物を外付けで新設し、既存の建物とつなげる形にしました。譲受を検討している時に図面を拝見し、少しお金はかかるが恐らく外付けはできるだろうと見立てがたったのも大きな後押しになりました。
その他は、トイレの段差をすべてフラットにして、職員が介護しやすく、利用者様にとっても安全な空間に整備しました。バリアフリー対応と効率的な動線づくりを重視した形です。それから、長年使われていなかったお部屋のエアコンも老朽化が進んでいたため、ほとんど新品に交換しました。
当初は設備のトラブルが日常茶飯事で、「今日はどこのエアコンが壊れるか」みたいな毎日でした(笑)。配管も詰まりやすくて、水回りの工事はずっと続いていましたね。1〜2年かけて改修工事を行ったのは、職員や入居者の皆様にとっても大きな負担だったと思いますが、現在は非常にきれいになり、現場の皆さんも喜んでくれています。
ーCBパートナーズ:居室も増室されましたよね。
施設長様:はい、約20室を増室しました。従業員用の駐車場も拡張し、前向きな投資を積極的に行っています。現在は空室が3室のみとなり、営業スタッフの努力もあって、遠方からの入居者様もいらっしゃいます。
ーCBパートナーズ:私が施設見学に来た時と比べても、施設にすごく活気が感じられますね。コロナ禍の影響もあったと思いますが、今は人の出入りが多くにぎやかで、明るくて素晴らしい施設になったなと実感しています。


写真左:かつて段差があったトイレも、今ではバリアフリー対応が施され、安全性と使いやすさが向上しています。
写真右:明るく開放的な居室。改修によって快適な空間が広がっています。
ーCBパートナーズ:ご譲受後の引き継ぎにおいて、特に注力されたポイントを教えていただけますか?
施設長様:そうですね、一番意識したのは現場で働いている方々とのコミュニケーションです。新しいモデルを適用するフロアの開設が決まっていたので、その準備と、少しずつ会社のルールや運用方法を現場に浸透させていくことを心掛けました。
ーCBパートナーズ:前オーナー様は家族経営で、社長や管理者も親族の方々でしたが、業務の引き継ぎはスムーズに進みましたか?
施設長様:はい、役職者の方々への引き継ぎがしっかり行われており、引き継ぎ書も整備されていたため助かりました。現場で使用されていたデータも残っていたので、大きな混乱はありませんでした。売主様が譲渡後すぐに現場を離れられたため、残された資料やデータをもとに徐々に自社の色に変えていった感じです。
ーCBパートナーズ:統合にあたり、一番大変だったことはどのような点でしょうか?
施設長様:うーん、特に「これが大変だった!」というものはないですね(笑)。職員の皆さんが何かあれば気軽に相談に来てくれるので、質問には丁寧に答えますし、必要があれば一緒に考えます。おそらく、職員の方からは同じ業界出身の者として親しみをもってもらえているのかなと思います。
ーCBパートナーズ:話しかけやすい雰囲気をつくっておられるんですね。現場が相談しやすい環境こそが、統合成功のポイントだと改めて感じます。
ーCBパートナーズ:ICTの導入についてはいかがでしょうか?譲受後に取り組まれたことがあれば教えてください。
施設長様:まず電子カルテとタブレットを導入しました。譲受以前は完全にアナログで、「これは今の時代には合わないな」と感じていました。ICTを導入することで、記録業務や情報共有がスリムで効率的になると思ったのが背景です。
また、見守りセンサー、スマートコール(カメラ付きナースコール)、眠りスキャンなどを取り入れて、安全性の向上と職員の負担軽減につなげています。
写真左:左:カメラ付きナースコール。入居者様がベッド脇からも呼び出せるスイッチを設置
写真右:訪問看護と訪問介護の情報を分けて管理できる電子カルテシステム

ーCBパートナーズ:とはいえ、いきなりICT機器を導入すると、職員の方々の反応も気になるところだったのではないでしょうか?
施設長様:そうですね、最初はやはり「難しそう」「わからない」という不安の声はありました。でも、実際に使ってみると、以外と皆さんすぐに慣れてくれて。それどころか、ICTに興味をもって、個人的にパソコン教室に通い始めた職員もおりました。
以前は職員数が少なかったので、口頭での伝達でもなんとかなっていましたが、今は職員数も増えてきたのでタブレットや電子カルテで情報を共有する方が圧倒的に効率的です。
ーCBパートナーズ:ICT教育はどのように進められたのでしょうか?
施設長様:基本的には、私がリーダー職に教えて、そこからリーダーから現場へ伝えてもらう形をとりました。マニュアルも必要な部分だけをピックアップして渡し、実務に合わせて少しずつ慣れてもらえるようにしました。また、いつでも質問できる環境を意識して整えていましたね。
現在の職員構成は30代~40代が中心で、20代の職員も数名います。60代以上の介護職員はいないので、ICTの導入には比較的スムーズに対応できたと感じています。
ーCBパートナーズ:今後さらに導入を検討されているICTはありますか?
施設長様:入浴介助に関するICTがあれば…と思っています。ただ、入浴介助ではどうしても人の手が必要な場面があるので、すぐに導入というわけにはいきませんが、入居者が増えていく中で、職員の負担を少しでも減らせるような方法は常に模索しています。
今回ご紹介した事例は、譲受後に運営体制の見直しを図りながらも、現場の職員一人ひとりと丁寧に向き合い、地域に必要とされる施設として再スタートを果たされた、非常に印象的に残る取り組みでした。
譲受法人様が全国で介護事業や病院のコンサルティングを展開されており、安定した運営基盤をお持ちだったことは、確かに大きな強みです。しかし、介護業界全体が慢性的な人材不足に悩まされる中で、「この施設で働き続けたい」「この施設長のもとで頑張りたい」と職員の皆様に思っていただける環境を築かれたことこそが、最大の成果であると感じます。
譲受前から勤務されていた職員の高い定着率、新たな運営方針やICTの導入、施設の大規模改修といった大きな変化にも前向きに取り組んでこられた背景には、“人を大切にする姿勢”と現場との継続的な対話がありました。
本事例からは、介護施設のM&Aにおいて、経営戦略だけでなく、現場の力を引き出す姿勢がいかに重要かを感じ取っていただけたのではないでしょうか。
弊社では、介護・医療業界に特化したM&A・事業承継のご相談を随時受け付けております。
これまでの支援実績をもとに、譲渡側・譲受側双方にとってご納得いただけるお手伝いをさせていただきます。
他の事例についてもご紹介が可能です。ご興味のある方は、どうぞお気軽にお問い合わせください。
大阪府東大阪市出身。関西の大学を卒業後、ホームページの訪問販売会社に3年間従事。その後CBグループに入社し、医療・介護福祉事業を中心としたM&Aに携わっている。これまでに手がけた案件は、住宅型有料老人ホーム、介護付き有料老人ホーム、グループホーム、デイサービス、訪問介護、訪問看護、など多岐にわたり、事業承継の支援に幅広く取り組んでいる。
