2026年1月23日に開催された中央社会医療協議会において、令和8年度診療報酬改定に向けた個別改定項目、いわゆる「短冊」が公表されました。
具体的な加算点数については、2月上旬から中旬にかけて予定されている答申で明らかになる見込みですが、今回示された短冊からは、病院・クリニック経営に対する国の明確な方向性が読み取れます。
なかでも最重要課題として位置づけられているのが、物価高騰への対応と医療従事者の賃上げです。これに対し、新たな加算の新設や既存評価の見直しなど、経営と人材確保の両立を意識した対応が盛り込まれています。あわせて、かかりつけ医機能の強化や医療DXの推進など、医療提供体制の構造的な転換を促す項目も示されています。
本コラムでは、これらの改定項目のうち、特に医療機関の経営に影響を与える「物価高騰への対応と医療従事者の賃上げ」焦点を当て解説します。

まず、今回の診療報酬改定の柱となるのは、医療従事者の「処遇改善」、医療機関の「機能分化」、「医療DX」、そして「安定供給・効率化」の4項目です。これらはそれぞれ独立した施策ではなく、相互に連携しながら、医療提供体制全体の持続性を高める構成となっています。
今回の改定では、本体部分の改定率3.09%の内訳として、賃上げ対応が1.70%、物価高対応が0.76%、食費・光熱費への対応が0.09%を占めており、この内訳からも、医療従事者の賃上げや物価上昇への対応が、改定の中心に据えられていることが分かります。
4つの基本方針の中でも、特に「物価や賃金、人手不足への対応」は重点課題として位置付けられており、今回の改定全体を貫く重要なテーマとなっています。
これらの具体的な内容については、後続の章で詳しく解説していきます。
医療従事者の不足や働き方の変化に対応するための項目です。
将来の人口構造の変化を見据えた体制整備に関する項目です。
医療の質と安全性を高め、新しい技術を適切に評価する項目です。
制度を長く維持するための適正化に関する項目です。
診療所では、初診・再診料、有床診療所入院基本料等が引上げられます。 病院については診療所の初再診料と同じ点数を引き上げた上で、その医療機能に応じた所要の点数引き上げが行われます。
特に高度な医療機能を担う医療機関については、物価高騰の影響を受けやすいことを踏まえ、今回の改定ではその機能や役割に応じた点数設定が行われます。
令和8年度・9年度の物価高騰や人件費上昇に対応する新たな評価項目(通称「物価対応料」)が初診・再診時や入院時に基本診療等に上乗せで算定できる加算として新設されます。
これは、2026~27年度の2年分を区分して段階的に評価する仕組みで、例えば、初・再診時に算定可能な「物価上昇に関する評価」(点数)を別途設定し、2027年6月以降にはその点数を2倍にする案が示されています。また、入院料算定時にも同様に新点数が加算されます。この結果、外来・入院いずれも診療報酬本体に加えて物価対応料が上乗せされ、医療機関は受診者数や入院患者数に応じて追加収入を得られるようになります。
急激な食材料費や光熱水費の上昇に対応した基準の見直しです。
医療従事者の確実な賃上げを目的とした評価では、ベースアップ評価料の対象要件の拡充、継続的に賃上げを実施している機関とそれ以外で評価に差がつけられるほか、夜勤手当の増額にも充てることが可能になります。
ベースアップ評価料では、2024年度改定で賃上げ原資が割り当てられた看護師や病院薬剤師などの職種について、今回の改定ではそれ以外の職員(事務職員や歯科技工士補助、看護助手等)にも同様の賃上げ支援が行われる仕組みが構築されます。具体的には、従来「医師・歯科医師を除く医療従事者」が対象だった入院・外来・在宅それぞれのベースアップ評価料が、当該施設に勤務する全職員を対象に広げられ、これまで評価対象とされていなかった職種にも賃上げインセンティブが提供され、医療従事者全体の待遇改善につながると期待されます。
上記の通り、ベースアップ評価料は令和8年度及び令和9年度において段階的な評価となり、継続的に賃上げを実施している保険医療機関とそれ以外の保険医療機関において異なる評価が行われることになります。
具体的には令和6年度および令和7年度に賃上げを実施しているかどうかを判断基準とし、継続的な賃上げに取り組んでいない医療機関については、入院基本料、特定入院料、または短期滞在手術等基本料から、1日あたり所定の点数を減算する仕組みが設けられます。
夜勤職員の確保を行う観点から、看護職員処遇改善評価料及びベースアップ評価料による収入を、夜勤手当の増額に用いることが可能となりました。
本来、これらの評価料による賃金改善の合計額の3分の2以上は、「基本給」または「決まって毎月支払われる手当(基本給等)」の引き上げ(ベースアップ等)に充てることが原則となっていましたが、 今回の見直しにより恒常的に夜間を含む交替勤務制をとっている職場の職員に支払われる「夜勤手当」については、毎月支払われる手当に準じて「基本給等」に含めて差し支えないこととされました。
令和8年度診療報酬改定は、医療機関に対して「どのような役割を担い、どのように経営していくのか」をあらためて問いかける内容となっています。
物価高騰や人件費上昇への対応、継続的な賃上げ、医療DXの推進、機能分化への対応。どれも「分かってはいるが、現場は簡単ではない」と感じておられるテーマではないでしょうか。
特に、「賃上げに取り組まない医療機関は評価を下げる」というメッセージが制度として明確に示された点は、経営者だけでなく、現場を預かる管理職の方々にとっても重い内容です。限られた人員の中で日々の診療を回しながら、人材をどう確保し、どう定着させていくのか。自院はどの医療機能を担い、地域の中でどのポジションを目指すのか。そのために、どこまで投資し、どこを見直すべきなのか。短期的な収支調整だけでは答えが出ない、中長期の経営判断が求められています。
私たちはM&A仲介の立場から、多くの医療・介護事業者のご相談を受けていますが、
「日々の運営に追われ、制度対応が後手に回ってしまった」結果、選択肢が限られた状態で決断を迫られるケースと、
「少しずつでも経営基盤を整え、先を見据えた準備を進めてきた」ことで、主体的に選択肢を持てているケースとでは、その後の経営の自由度に大きな差が生まれていることを実感しています。
今回の診療報酬改定は、現場にとって負担や不安を伴う一方で、経営のあり方を見直すきっかけであり、次の成長や再編につなげるチャンスでもあります。本コラムが、日々現場と向き合いながら意思決定をされている経営層の皆さまにとって、これからの一手を考える小さなヒントとなれば幸いです。
マネージャー
H.FUJIMOTO
