はじめに
日本は急速な高齢化社会を迎えており、要介護高齢者の増加や高齢者単身世帯が増加する中で、高齢者が安心して暮らせる住まいとして注目されるのが「サービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)」です。
サ高住は、自立や軽度要支援の高齢者が安心して生活できるバリアフリー住宅で、介護保険サービスは外部の事業者と連携して提供されます。介護付き有料老人ホームとは異なり、入居者の自立度が高く、日常生活のサポートが中心ですが、介護事業者がサ高住を運営する場合は、訪問介護やデイサービスとの組み合わせで収益を確保する仕組みが一般的です。
近年、このサ高住を譲渡・買収するM&Aが増えており、運営ノウハウを持つ事業者が、経営不振の施設を譲り受けて再生するケースも増加しています。本コラムでは、サ高住のM&A市場の状況や、譲渡時に必要な手続き・注意点について詳しく解説します。
サービス付き高齢者向け住宅のM&A市場観
◆サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)とは
サービス付き高齢者向け住宅は、主に民間事業者が運営する賃貸住宅で、「サ高住」や「サ付き」とも呼ばれます。建物はバリアフリー設計で、生活支援サービスが付帯しており、以下のような特徴があります。
- 入居対象者:自立・要支援・要介護高齢者
- 提供サービス:安否確認、生活相談、訪問介護サービスの手配など
- 収益モデル:家賃・管理費+介護サービス利用料(外部事業者との契約による)
介護保険サービスのみを提供するサ高住単体では採算が取りにくいため、訪問介護やデイサービス、看護サービスなどの介護事業と組み合わせることが経営のポイントです。
◆サ高住のM&A市場動向
・建設ラッシュと新規参入
2010年代前半、国の高齢者向け住宅政策の影響でサ高住の建設が急増しました。建設補助金が支給されることもあり、介護事業者だけでなく、介護事業に新規参入する事業者も建設ラッシュに参画しました。しかし、介護事業の運営経験が乏しい新規参入者の多くは、人材採用や運営管理に課題を抱え、経営が困難になるケースが目立ちました。
・譲渡・買収の増加
経営に課題を抱えたサ高住は、経営ノウハウのある介護事業者や医療法人に譲渡されることが増えています。譲受者は、訪問介護やデイサービスなど周辺事業を自社で運営することで、サ高住単体よりも高い収益性を確保できます。
サ高住売却時に必要な手続き
▼サ高住の価値査定
M&Aを行う際、施設の価値を正確に評価することが重要です。ポイントは以下の通りです。
- 不動産の所有状況:土地・建物の所有権
- 利用者契約:入居者との賃貸契約の内容
- 運営体制:管理会社と運営会社の存在
- 周辺介護事業:自社運営か他法人運営か
特に重要になるのは不動産の評価です。多くのオーナーは「利回り計算」で考えますが、サ高住は運営に人員が必要なことや周辺介護事業の影響が大きく、単純な投資不動産としての評価は難しいです。そのため、専門的な価値評価が必要です。
▼株譲渡か事業譲渡かで手続きや注意点が異なる
- 株式譲渡:会社ごと譲渡する場合は、施設運営も含めた事業全体を引き継ぐことが可能です。
- 事業譲渡:施設単体を譲渡する場合は、行政との協議が必要になる場合があります。建設補助金の受給状況によっては、返還義務が生じることもあります。
サ高住のM&Aの流れ
1. 売却検討・準備
- 目的の整理:資金繰り改善、事業承継、従業員の安定雇用など、譲渡の目的を明確化
- 現状把握:入居者数、従業員構成、収支状況、建物・設備の状態などの整理
- 譲渡スキームの検討:株式譲渡(法人ごと)か事業譲渡(施設単体)かを決定
- 専門家相談:M&A仲介会社、税理士、弁護士など専門家と相談
2. 価値査定や事前確認
- 施設価値の査定:不動産、設備、入居契約、管理・運営体制の評価
- 周辺介護事業との連携状況:収益性の分析、運営ノウハウの確認
- 財務・法務確認:負債や契約上の制約、補助金返還義務などのチェック
3. 買手候補の選定・交渉
- ターゲット選定:介護事業ノウハウを持つ法人や医療法人など
- 情報提供(秘密保持契約の締結後):財務情報、入居者状況、運営状況の開示
- 条件交渉:譲渡価格、従業員の雇用引き継ぎ条件、入居者への対応など
4. 契約締結
- 譲渡契約書の作成:株式譲渡契約書または事業譲渡契約書
- 賃貸借契約の確認・承継:施設の土地・建物が賃貸の場合は賃貸人の承諾
- 行政手続き:事業譲渡の場合は自治体・厚労省への届出、補助金返還義務の確認
5. 譲渡後の引き継ぎ(クロージング)
- 従業員への説明・引き継ぎ:給与や勤務条件、業務内容の引き継ぎ
- 入居者対応:サービス内容や契約変更の説明
- 運営引き継ぎ:業務フローやマニュアル、外部委託先との契約の移行
6. 譲渡後のフォローアップ
- 売主・買主双方で、譲渡後の課題やトラブルがないか確認
- 特に入居者の生活支援、従業員の定着状況、収益状況のチェック
サ高住のM&Aにおける注意点
◆人材雇用の引き継ぎ
サ高住を売却する際、従業員の雇用条件や契約内容の確認は最も重要なポイントです。
- 雇用契約の確認:給与、勤務時間、休日、有給休暇など、現行契約をどこまで維持するかを整理します
- 雇用継続義務:事業譲渡の場合、原則として従業員の雇用は引き継ぐ必要があります
- 人材のスキル・配置:訪問介護・生活支援スタッフなど、施設運営に不可欠な人材が確保されているかのチェックを行います
- 離職リスクへの対策:譲渡前後での不安や混乱を防ぐため、従業員への説明会や個別面談が有効となります
◆入居者対応
入居者やその家族への説明も非常に重要になります。契約内容やサービス体制が変わることへの理解を得る必要があります。
- 契約更新:事業譲渡後の契約の引き継ぎ方法を確認が必要です
- サービス内容の周知:訪問介護・生活支援・緊急対応など、現状維持か変更かを必要に応じて説明します
- 信頼関係の維持:入居者や家族への丁寧な対応が、施設の評判や定着率に直結します
◆法務・契約関連
M&Aでは、法務面でのリスク回避も欠かせません。
- 事業譲渡契約書:譲渡範囲、資産・負債の明確化、責任分担を詳細に規定しましょう
- 賃貸借契約:土地・建物の賃貸契約条件の確認と譲渡可否のチェックを行います
- 行政手続き:事業譲渡の場合、自治体や厚生労働省への届出や補助金返還義務の確認が必要です
◆財務・収益性の確認
サ高住単体では収益が薄いため、周辺事業との連携状況が収益性を左右します。
- 収益構造の分析:家賃収入・管理費・介護サービス売上の比率を把握しておく必要があります
- 介護サービス運営:訪問介護、デイサービス、訪問看護など自社運営か外部委託を把握します
- 長期収支シミュレーション:入居者数の変動や人件費増加など、現実的なシナリオで検証しましょう
サ高住のM&Aケーススタディ
『同エリアで同様の事業を展開中の中堅介護企業へ傘下入りし、雇われ社長として第二の経営をスタート』
◆売主様情報◆
- 代表者ご年齢:40代
- 運営業種:サ高住、デイサービス、訪問介護
- 年間売上:約2.5億円
- エリア:関西
- M&Aスキーム:株式譲渡
~ 承継の背景 ~
サ高住を自前で建設し、周辺介護事業を含めて運営をされていましたが、建設時に金融機関から受けた投資の返済が重く、売上・利益は順調であるものの資金繰りに苦労されていらっしゃいました。
また、借入金が精神的にも重くのしかかり、漠然とした将来への不安も感じられておりました。加えて従業員の高齢化もあり世代交代の必要性も感じていたが、なかなか対策できていないといったご状況でした。
~ 譲渡後のご状況 ~
株式譲渡でしたが役員は退職せず、雇われ社長として現在も変わらず現場の運営をされています。金融機関への借入金は親会社がまとめて借喚をしたため、代表の個人補償は解除されたことから資金繰りの解消や将来への不安要素を取り除くことができました。また親会社では積極的に新卒採用を行っていたことから、従業員の世代交代の兆しが見え職場の雰囲気も活発になったようです。
- ★M&Aのポイント★
若い経営者の場合、株式譲渡を行った上で雇われ社長として残留できるケースもございます。オーナー社長としての自由さは失われますが、責任や個人補償が免除されるため、メンタル面で緩和や従業員のケアなど、売主様・買主様双方にとってのメリットも大きいと考えられます。
さいごに
サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)の売却では、入居者や従業員、周辺介護事業を含めた総合的な視点が不可欠です。特に収益性や運営ノウハウ、行政手続きは譲渡形態によって注意点が異なるため、専門家と連携して慎重に進めることが成功の鍵となります。
近年は、建設費の高騰も背景に、サ高住を含む施設系のM&A人気が高まっています。施設単体の価値だけで判断せず、周辺介護事業との連携状況や従業員・入居者への影響を考慮することが、サ高住売却の成功につながります。将来の安定的な運営と安心を実現するためにも、売却をお考えの場合は、まずは信頼できる専門家に相談し、計画的に準備を進めることが重要です。
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コラム監修者
ディレクター
S.KOMURA
- 経歴
体育大学卒業後、人材教育会社に入職。人の人生に係わる仕事に興味を持ち、キャリアブレイン(現CBホールディングス)に転職し、医療法人へのコンサルティング業務や、医師のキャリアアドバイザーとして勤務。その後、CBパートナーズでM&Aに携わり、西日本の介護福祉事業部、医療事業部を立ち上げを主導。現在に至るまで、薬局・医療・介護領域における幅広いM&A案件を手がけている。