美容医療市場は長年にわたり右肩上がりの成長を続けてきました。SNSやインフルエンサーの影響、男性美容市場の拡大、自由診療による高収益構造などが追い風となり、毎年多くの美容クリニックが新規開業しています。
しかし、その華やかな表面の裏側では、「倒産寸前」「資金ショート」といった切実な声も増加傾向にあります。当社にも、美容クリニック経営者からの売却相談が増えている一方で、買収を検討する事業者からの問い合わせも活発化しており、業界再編の動きが加速していると実感しています。
本コラムでは、美容クリニック業界の現状と倒産増加の背景をはじめ、成功と失敗を分ける要因、さらにはM&A(事業承継・売却)の動向とその活用ポイントまで、詳しく解説していきます。
厚生労働省の「医療施設調査・病院報告の概況」によると、2020年には約1,400施設だった「美容外科」を標榜する診療所数は、2023年には2,000件を超え、わずか3年で約600施設も増加しました。この急増の背景には、医療・消費者・社会環境の三位一体的な変化があります。以下、それぞれの視点から解説します。
参考:厚生労働省|令和5年医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概況
審美意識の高まり
SNSやスマートフォンの普及により、自身の容姿を客観視する機会が増加し、「写真映え」や「動画映え」を意識する若年層を中心に、美容医療への関心が急激に高まっています。
性別・年齢を問わない需要の拡大
かつては若年女性が中心だった美容医療市場ですが、近年では30~50代の中高年層、さらには美容に関心を持つ男性の利用も広がっています。脱毛・スキンケア・AGA治療など性別を問わない施術メニューの充実が背景にあります。
価格帯の多様化と「医療の手軽さ」
技術革新や競争激化により、かつては高額だった施術が低価格化しています。「美容医療=高額でハードルが高い」というイメージが払拭され、“エステ感覚”で来院する層が増えています。
医療従事者にとって魅力的な独立モデル
美容医療は保険診療ではなく自由診療であるため、医師側にとっては診療報酬制度の制約を受けず、価格設定の自由度が高い分、高収益が期待できる分野です。内科や整形外科などからの転科・独立するケースが増えています。
初期投資の多様化とクリニック開設支援サービスの充実
近年では、医療機器メーカーやコンサル会社による「ワンストップ開業支援」や「フランチャイズモデル」も整っており、参入障壁が下がっています。リース機器の活用により、初期投資を抑えて開業できる点も魅力です。
広告規制を回避しやすいSNS活用
医療広告には一定の制限がありますが、SNSは「利用者の体験談」や「スタッフ紹介」、「症例紹介」などを自然な形で発信できるため、美容クリニックにとって非常に有効な集客ツールとなっています。最近では、インフルエンサーや美容系YouTuberとのタイアップも一般的になっており、認知度向上や新規患者の獲得に活用されています。
口コミ・レビューの拡散力
昨今は良い評判も悪い評判も瞬時に拡散される環境のなか、うまくブランディングできれば一気に知名度を高め、来院数を増やすことが可能です。SNS戦略の巧拙が集客の成否を分ける要因になっています。
在宅勤務とマスク生活で顔まわりの施術が増加
コロナ禍によってマスク生活が常態化したことで、フェイスラインや目元のダウンタイムが必要な施術でも外出せずに過ごせるようになり、美容医療を受ける心理的ハードルが下がりました。
自分磨きへの支出意識の高まり
コロナ禍を経て、旅行や外食に代わって「自分自身への投資」が増加。スキンケアやエイジングケアの需要が拡大した結果、美容医療も“生活の一部”として浸透しています。
海外富裕層による美容医療ニーズ
観光のために来日する外国人の中には、日本の高品質な美容医療を目的とするケースもあり、特に中国・東南アジア圏からの需要が伸びています。一部の都市では外国人患者をターゲットにした多言語対応の美容クリニックも登場しています。
美容医療に対するニーズの増加を受けて、同業界に参入する若手医師が急増しています。
背景には、自由診療である美容医療が保険診療に比べて圧倒的に高収益であるという現実があり、多くの若手医師にとって「儲かる分野」として強く認識されていることがあります。実際、初期研修を終えたばかりの医師が美容皮膚科や美容外科へと進むケースが目立ち、去年SNS上では「直美(ちょくび)」(=研修後すぐに美容医療に進む医師)という言葉が話題になるほど、美容医療は今や一種のキャリアトレンドといえます。
以下のような要因が、こうした動きを後押ししています。
美容クリニックの集客競争は年々激化しており、Web広告やSNSマーケティング、インフルエンサー活用などに莫大な費用が投じられています。とくに新規開業クリニックは「とにかく認知を得る」ことを重視し、月数百万円規模の広告費をかけるケースも珍しくありません。しかし、広告投資のリターンが得られなければ、瞬く間に資金繰りが悪化します。広告依存体質から抜け出せない経営構造になっています。
市場の拡大とともに参入者が増えた結果、集客だけではなく価格競争も激化しています。安価な施術を前面に出して顧客を集めようとするクリニックが増え、利益率は大きく低下しています。人件費や薬剤・機器コストを削減せざるを得なくなり、結果として施術の質が落ち、クレームや医療事故が増加することで、ブランド価値の毀損を招くという悪循環に陥っています。
とくに医師の経験不足による医療事故やカウンセリング不足が問題視されており、「低価格でも安心できない」という消費者心理が広がりつつあります。
これらの課題を象徴する事例として、2024年末に破綻したアリシアクリニックが挙げられます。アリシアクリニックを運営する医療法人社団美実会と八桜会は、かつて医療脱毛市場の成長を牽引する存在でしたが、負債約124億円を抱えて東京地裁に破産を申請しました。債権者は9万人を超え、美容医療業界では過去最大級の倒産となりました。
同クリニックは、テレビCMやタレント起用を含む積極的な広告展開で知名度を高め、最盛期には年間売上160億円を超える規模に成長を遂げていました。しかし、広告費の高騰、患者単価の下落、過度な前受け金依存といった経営構造が崩れ、最終的には資金ショートに陥りました。
このような事例は、美容医療業界が抱える構造的リスクを浮き彫りにしています。倒産リスクを回避するには、単なる拡大戦略ではなく、収益とサービスの質を両立させた持続的な経営が求められています。
美容クリニック業界では近年、M&A(企業の合併・買収)が活発化しています。開設件数の急増と競争の激化、経営難に陥るクリニックの増加など、業界全体の構造変化がM&A市場にも影響を与えています。
当社にも経営に行き詰まったクリニックや、将来を不安を感じる経営者様からの売却相談が増えています。その背景には以下のような事情があります。
集客コストの高騰や価格競争で採算が悪化
広告投資のリターンが得られず資金繰りが逼迫
院長の高齢化や後継者不在による承継問題
複数院展開に伴うマネジメント負荷の増大
こうしたクリニックにとって、大手企業への売却や業界内での統合は、経営の継続やスタッフの雇用維持の手段となっています。
一方、買手側の動きも活発です。美容医療の将来性に期待する企業が、事業多角化やシェア拡大を目的に買収を進めています。特に以下のようなプレイヤーが積極的です。
他業種(IT・不動産・エステなど)からの新規参入企業
既存の美容系チェーンクリニックや医療法人
投資ファンドやPEファンド
すでに患者基盤やスタッフを持つクリニックを買収することで、ゼロからの立ち上げリスクを避けつつ、スピーディーな事業拡大が可能となるため、ニーズが高まっています。
かつては「売却すること=経営が失敗した」というイメージもありましたが、現在はM&Aを前向きな選択肢とするオーナーも増えています。 売手にとっては、クリニックのブランドや従業員の雇用を守りながら経営を次世代に引き継げる手段であり、買手にとっては地域に根付いた事業基盤を獲得する機会です。
さらに、優れた技術やサービスを有する中小クリニックが、大手の資本や経営支援を得ることで、むしろ成長を加速させるケースも少なくありません。
今後、美容クリニックの淘汰と再編がさらに進む中で、M&Aはますます重要な経営戦略のひとつになると予想されます。
大手同士の統合や、異業種からの買収案件も増加しており、「売れるうちに売る」「良い買手を見つける」ことが今後の鍵となっていくのではないでしょうか。
M&Aを通じて美容クリニックの譲渡を検討する際には、押さえておくべきポイントがいくつかあります。
M&Aを検討するタイミングは非常に重要です。経営悪化してからではなく、選択肢があるうちに動くことが重要です。業績が大きく悪化した後では、譲渡価格が大きく下がる可能性があります。
次のようなサインが見え始めた段階で、M&Aを一つの選択肢として検討し始めることを推奨いたします。
売上や利益の伸びが鈍化してきた
医師やスタッフの確保が難しくなってきた
経営者自身のモチベーションや健康に不安がある
今後の競争激化に対する戦略が描けない
美容クリニックの価値は、単なる売上・利益だけでは測れません。特に以下のような財務諸表だけでは見えない、無形資産も含めた価値の可視化が必要です。それらを整理しておくことで、買手へ魅力を明確に伝えることができます。
患者数やリピート率:固定客が多く、顧客満足度など
スタッフの定着率・スキル:有能な人材が安定的に勤務しているかなど
口コミやSNS評価:集客力の高さを示す外部評価
設備・立地・内装:競合と比較した際の優位性など
オペレーションの効率性:属人化せず、標準化されているか
M&Aは、法務・財務・人事・契約など多岐にわたる専門知識が求められる複雑なプロセスです。特に医療業界のM&Aでは、医療法や診療報酬制度、医師免許の承継、患者との契約関係など、業界特有のリスクや留意点が存在します。一般企業と異なる専門性が問われる場面が多いため、医療業界特有の事情を理解している専門家の支援が、M&Aの成功に直結します。
そのため、医療業界に精通した専門家に早期から相談しておくことを推奨いたします。
医療業界のM&Aに強いM&A仲介会社
医療業界の相場に基づいた適正な価格設定、買手候補の選定、交渉支援などを実施。
医療分野に明るい税理士・公認会計士
財務調査(デューデリジェンス)や事業スキームの設計、税務リスクの整理・対応など。
医療法務に精通した弁護士
医療機関の譲渡に関する契約書の作成・チェック、医療法・労働法上の問題点の洗い出しと対応。
美容クリニック業界は、成長の陰に潜む経営リスクと競争激化という二面性を持つ複雑な市場環境にあります。華やかな市場拡大の裏で、倒産や資金繰りの問題に直面するクリニックが増加していることは見逃せません。
今後、医療業界全体においても、M&Aの活用を通じて業界全体の健全な再編とサービス向上が進むことが期待されます。
当社は、医療・介護・福祉業界に特化したM&A仲介会社です。クリニックの売却や買収に関するご相談を無料で承っております。経営のご不安や将来のご検討など、まずはお気軽にご相談ください。
マネージャー
H.FUJIMOTO
