有料老人ホームをめぐり、厚生労働省の検討会では、入居者の安全性やサービスの質を高めるために、中重度の要介護者や医療的ケアを要する方を受け入れる施設を主な対象とした「登録制」導入や、住宅型有料老人ホームにおける囲い込み対策などを含む制度見直しの方向性が示されています。
本コラムでは、「有料老人ホーム等における望ましいサービス提供のあり方に関する検討会」で整理されている論点をもとに、現時点での検討の方向性を整理し、経営者の皆様が押さえておくべき視点を分かりやすく解説します。
(※なお現時点では詳細な制度設計や適用範囲はまだ検討段階にあり、「いつから」「どのような基準で」導入されるかは確定していません)
現行制度では、有料老人ホームの開設は「届出制」となっており、自治体へ必要書類を提出すれば基本的に開設が可能です。ただし、介護保険事業計画との整合性を図るため、一部の地域では施設数を調整する“総量規制的な仕組み”も導入されています。
登録制導入の議論の背景には、地域包括ケアシステムの構築と、高齢者の「住まいの確保」という大きな社会的課題があります。
団塊の世代が75歳以上となる2025年を目前に、「住まい・医療・介護・生活支援」が一体的に確保される地域包括ケアの実現が国の政策目標として掲げられてきました。高齢者が要介護状態になっても、住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けられる環境を整えることが重要視されています。
その中で、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅などは、介護ニーズの多様化に応える「地域の住まい」としての役割を担ってきました。特に近年は、住宅型有料老人ホームにおいても、自法人や関係法人が運営する介護事業所と実質的に一体となり、要介護度の高い高齢者や医療的ケアを必要とする入居者を受け入れるケースが増えています。
こうした形態が広がる一方で、以下のような課題も明らかになってきました。
こうした事例は、運営の透明性やサービスの質確保の不十分さを浮き彫りにし、「届出制のもとでの行政指導には限界がある」という指摘につながりました。
そのため厚生労働省は、学識者や事業者団体、自治体などの参画を得て、2024年度以降、運営やサービスの透明性・質を確保するための新たな制度設計を検討しています。
この議論の中で浮かび上がってきたのが、有料老人ホームの「登録制」導入と、住宅型を中心とする「囲い込み」対策の強化という二つの方向性です。
こうした課題を踏まえ、検討会では登録制による事前確認の仕組みを導入する方向で議論が進められています。登録制は、事業開始前の段階で一定の基準を満たしているかを行政が審査し、登録を受けた事業者のみが運営を開始できるようにするものです。
その目的は、下記のような狙いがあります。
また、登録情報の更新制や、重大な法令違反があった事業者に対する登録制限なども、今後の論点として挙げられています。
検討会では、過度な参入規制とならないよう配慮しつつも、入居者の安全と尊厳を確保する観点から、中重度の要介護者や医療的ケアを要する要介護者、認知症高齢者などを受け入れる有料老人ホームを主な対象として、登録制の導入が検討されています。
中重度の要介護者や医療的ケアが必要な入居者を受け入れるホーム
実態として医療依存度の高い入居者が多いホーム
認知症対応を行うホーム
こうしたホームでは、職員の専門性や医療機関との連携体制が不可欠であり、開設時点で一定の基準を満たしていることを確認する仕組みが必要とされています。
また、検討会では次のような論点も示されています。
新設ホームのみならず、すでに運営中の有料老人ホームで要件に該当する施設にも適用する方向で検討されています。その際には、事業者側の体制整備や都道府県の事務負担に配慮し、一定の経過措置や段階的な導入が設けられる可能性が指摘されています。
また、登録制の運用に際しては、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)との重複を避け、既存の登録制度との整合性を図ることも課題として挙げられています。登録制は参入を制限する目的ではなく、あくまで入居者の安全確保と運営の透明性向上を図るための仕組みとして検討が進められています。
登録にあたっては、以下のような内容が基準の対象として検討されています。(あくまで検討段階であり、現時点では最終決定されていません)
★重要事項説明書等において、公表が義務付けられる検討項目は下記の通りです。
これらの基準を通じて、開設前にリスクを把握・是正できる仕組みづくりが目指されています。
あわせて、検討会では、登録後も適切な事業運営が継続されるようにするため、更新制の導入や、一定の不正・法令違反が認められた場合の登録拒否・取消の仕組みを設ける方向も検討されています。特に、重大な不正行為で行政処分を受けた法人が同一役員構成で再参入するような事例を防ぐため、一定期間の開設制限を課す制度設計の必要性も議論されています。
さらに、経営の継続が困難と判断される事業者に対しては、迅速な事業停止命令などの行政対応を可能とする制度的整理も論点の一つとなっています。
なお、登録制の運用に関連して、都道府県への報告事項の拡充も検討されています。現在の重要事項説明書や設置届に加え、下記の情報を事前に提出・報告し、利用者や家族がより透明な情報をもとに施設を選択できる環境を整えることが想定されています。
こうした情報は行政が公表し、地域住民や専門職が比較・確認できる仕組みを整備する方向で議論が進められています。
参考:厚生労働省|有料老人ホーム等における望ましいサービス提供のあり方に関する検討_令和7年10月31日
今回の検討会では、登録制の議論とあわせて、住宅型有料老人ホームにおける「囲い込み」防止策も制度見直しの柱の一つとされています。
住宅型有料老人ホームでは、入居者が訪問介護や看護などの外部サービスを自由に選択できる仕組みとなっていますが、実際には、併設事業所のサービスを半ば強引に利用させるケースも存在しており、「選択の自由が十分に確保されていないのではないか」という指摘がありました。
こうした状況を受け、検討会では「囲い込み構造を防ぐための仕組みづくり」も登録制の議論と並行して整理が進められています。
契約前に書面での説明を義務化し、入居費用・サービス内容・退去条件などを明確に記載。入居後のトラブル防止を図る。
訪問介護・看護など外部事業所の利用を制限したり、関連法人のサービスを過度に勧めることを防ぐため、利用者に自由な選択肢があることを説明する義務を強化。
入居に際して特定の医師やケアマネへの変更を迫る行為を明確に禁止。入居者の既存の支援体制を尊重する。
住宅事業と介護サービス事業の会計を分け、自治体が実地確認できる仕組みを検討。
ホームの種類、対象者、看取り対応、費用、連携医療機関などを比較・検索できる形で公表することを推進。
これらの対策はいずれも、「登録制」と共通する、利用者が安心して選べる環境整備を目的としています。
登録制導入の背景には、「医療的ケアの安全確保」があります。看護師の配置体制、嘱託医との連携記録、緊急時対応マニュアルなど、日常運営レベルでの見直しが今後ますます重要になります。
今後、地域によっては開設制限や登録審査によって新規参入が難しくなる可能性も否定できません。すでに事業を運営している場合でも、将来的な増床・新規拠点開設のスケジュールを再検討しておくことが賢明です。
登録制の導入により、事業者情報の公開や運営内容の説明責任がより重視されることが想定されます。「選ばれるホーム」として信頼を得るためにも、入居契約やパンフレット、ウェブサイトなどの情報整備を進めておきましょう。
こうした制度の見直しは、事業の運営方針だけでなく、将来的な法人のあり方にも大きく影響します。
近年では、介護報酬改正や人材確保の難しさを背景に、M&Aや事業譲渡を通じた再編・統合が増加しています。登録制導入によって開設要件や運営基準が厳格化すれば、今後は「一定の規模・体制を持つ法人に集約されていく」流れが強まる可能性もあります。経営を持続的に安定させる選択肢として、第三者承継・パートナー企業との提携を早期に検討しておくことも、今後の重要な経営戦略の一つといえるでしょう。
有料老人ホームの制度見直しは、届出制の運用上の限界が指摘されている現状を踏まえ、入居者保護と運営の透明性を高める方向で進められています。
検討会が提示する方針には、参入時の登録制、都道府県への報告項目の拡充、既存施設への移行措置、更新制・開設制限、事業廃止時の入居者保護義務などが含まれており、いずれも最終決定ではないものの、今後の制度改正の方向性は明確になりつつあります。
いずれにしても、次のような取り組みを事前に進めておくことで、将来の規制強化にも速やかに対応できるでしょう。
登録制や特定施設への移行が進むなかで、経営判断のスピードと将来見通しがこれまで以上に重要になります。私たちは介護専門のM&A仲介会社として、経営者の皆様が安心して次の一手を選べるよう、制度動向と市場変化の両面からサポートしています。
将来を見据えた事業再編や地域での成長戦略に関するご相談も、どうぞお気軽にお寄せください。
