「クリニックを子どもに継がせたいけれど、相続税が心配・・・」
「後継者がいないので、将来は第三者に譲渡することになるかも・・・」
開業医の先生方から、こうした声をよく耳にします。
長年かけて築き上げたクリニックの資産や医療法人の価値は、相続の際に思わぬ税負担をもたらすことがあります。また、近年は医師の高齢化や後継者不足から、M&A(事業承継・譲渡)を検討されるケースも増えています。
日々の診療に追われる中で、相続税や事業承継について深く考える時間はなかなか取れないものです。今回は、開業医の先生方が直面する相続税の問題点と対策について、解説いたします。
開業医の先生方は、一般的な相続に加えて次のような特有の問題に直面することがあります。
医師の子どもがクリニックを継ぐ場合、相続財産の不均衡が生じやすくなります。クリニックという高額資産が医師である子どもに集中するため、非医師の子どもへ分配できる現金が不足しがちです。
相続財産のうち、クリニックや自宅、医療法人の出資持分など「換金しにくい資産」の割合が高い場合、相続税を支払うための現金が確保できないことがあります。
持分あり医療法人では、法律上配当ができないため利益が法人内に蓄積され、出資金の評価額が高くなります。これにより相続税負担が予想以上に大きくなる可能性があるのです。
個人で開業している医師の場合、クリニックの土地・建物、医療機器・備品、診療報酬債権など、全ての事業用資産が個人財産として相続税評価の対象となります。
持分あり医療法人(経過措置医療法人)では、出資持分が相続税評価の対象です。この持分の評価は、取引相場のない株式の原則的評価方法に基づいて算定されます。
持分なし医療法人の場合、出資持分が存在しないため、法人財産は相続税評価の対象外となります。
医療法人が使用する土地・建物を個人で所有している場合、その不動産は相続財産となります。また、医療法人への貸付金や未収金も相続財産に含まれるので十分に注意が必要です。
年間110万円まで非課税で贈与できます。長期間にわたり計画的に実施することで生前中に配偶者や子供などに資産移転を行い、相続財産を減らすことができます。
※令和6年以降は相続開始前7年以内の贈与が相続財産に加算されるようになりました。
60歳以上の親から18歳以上の子(孫も含む)へ2,500万円まで非課税の贈与が可能です。株式など将来的な値上がりが見込める財産への適用が特に効果的といえるでしょう。
※令和6年の改正により、基礎控除110万円制度(申告不要)が創設されました。
生命保険には、「500万円×法定相続人数」の非課税枠があります。たとえば、配偶者と子2人の家族構成なら、1,500万円まで非課税となります。
この制度を活用するには、契約者(保険料負担者)を被相続人、受取人を法定相続人という形で契約する必要があります。相続税の納税資金対策としても生命保険は極めて有効です。計画的に加入しておくことで、相続時の納税資金不足の問題も解決できます。
クリニックや自宅の土地に適用できる税金の優遇制度です。土地の評価額を大幅に下げることができ、相続税が軽減されます。
400㎡まで評価額が80%下がります。
※相続人が事業を引継ぎ継続していることなどの条件あり
330㎡まで評価額が80%下がります。
※同居している親族の方が継続して居住していることなどの条件あり
医療機器などの買い替えタイミングを工夫することで、相続税税負担を軽減できます。
一般動産の評価方法には段階があります。まず適正な市場価格がある場合はその価格、次に市場価格がなければ同種財産の取引事例との比較、それも困難な場合は原価法(定率法による減価償却)が採用されます。
このため、高額医療機器を相続の数年前に買い替えることで評価額を下げることが可能になります。具体的には、相続が近づいた時期に計画的な機器更新を行うことで、減価償却効果により相続税評価額を抑制できます。
小規模企業共済は開業医の先生方にとって現役時代の節税と相続対策の両面で効果を発揮します。月額7万円までの掛金が全額所得控除され、所得税・住民税の税負担を減らすことができます。
続いて、相続対策面です。相続開始日まで掛金を払い続け、生前に受取らなかった場合には死亡退職金として支給されます。この退職金にも「500万円×法定相続人数」の非課税枠が適用されるため、生命保険と併用すれば非課税枠を大幅に拡大できます。
※医療法人の理事長は小規模企業共済に加入できません。
医療法人の出資持分が個人財産として相続税の対象となり、相続時に高額な税負担が生じる恐れがあります。
医療法人の出資持分に相続税がかからなくなるため、大幅な節税効果が得られます。
令和8年(2026年)12月31日までにこの制度を利用すれば、持分放棄時の税金(相続税・贈与税)が猶予され、一定条件を満たせば最終的に税金が免除されます。
出資持分評価を下げるには、事前の綿密な計画立案が不可欠です。
相続開始前に戦略的な財務調整を行いましょう。具体的には役員報酬の適正化、役員退職金の計画的支給、必要な設備投資や修繕の実施などが効果的です。これらの方策を組み合わせることで、出資持分の評価額を大幅に圧縮できる可能性があります。
※これらの対策は、医療法人の実際の経営状況に即した適切な範囲内で実施すべきものです。
長年クリニックを経営されてきた先生方の多くは、「いずれ子どもに継がせたい」あるいは「適切な譲渡先を見つけたい」と考えることでしょう。ここでは開業形態別に、相続とM&A(事業承継・譲渡)の選択肢について、解説します。
小規模宅地等の特例を活用すれば、クリニック用地の評価額を最大80%も圧縮できます。ただし、相続人がクリニックを継続することが税制優遇を受ける条件です。事前に明確な事業継続計画を作っておきましょう。
単なる土地・建物の価値だけでなく、「経営状態」「患者数」「立地条件」など、クリニックの事業価値が譲渡価格に大きく影響します。また、クリニックの譲渡で得た代金には所得税がかかるので、特例や控除を活用する計画も必要となるでしょう。
出資持分の評価額が相続税の課税対象となります。多くの場合、法人の純資産価額が基準となるため、予想以上に高額になるケースも少なくありません。「認定医療法人制度」を利用し、持分なし医療法人への移行も検討すべきでしょう。
持分あり医療法人では、出資持分が「売却できる権利」として譲渡価格の基準になります。M&Aを前提とするなら、あえて持分あり医療法人を維持することでスムーズな譲渡が可能な場合もあります。
持分がないため、法人財産に関する相続税リスクは低くなります。ただし、理事長個人が所有している土地・建物については別途相続税対策が必要です。
持分がないため「売却できる権利」が明確ではなく、収益性や将来性などの事業価値が評価の中心になります。長年の経営に対する退職金の設計などで、譲渡時の対価を確保する方法も検討すべきでしょう。
相続税対策やM&A戦略は、早めに着手することで選択肢が広がります。特に「持分あり医療法人」をお持ちの先生方は、認定医療法人制度の期限(令和8年末)を意識した計画的な対応が求められます。
この記事でご紹介した対策は一般的なものです。実際には、クリニックの規模や家族構成、後継者の有無など、先生方それぞれの状況によって最適な選択は異なります。
「自分のクリニックにはどんな対策が合うのだろう?」と少しでも気になった方は、ぜひこの機会に「医療機関の相続対策に強い日本クレアス税理士法人」への相談をご検討ください。あなたの大切なクリニックの未来を守るため、お手伝いをさせていただきます。
日本クレアス税理士法人 HP:https://j-creas.com/
執行役員/中川 義敬 税理士(近畿税理士会所属)
【経歴】
2007年税理士登録、
現在に至るまで、東証一部上場企業から中小企業・
医院の新規開業支援、会計税務、医業承継・相続対策など、