医療現場では医師不足や看護師不足、経営の厳しさが問題となっており、職員の定着は病院運営の重要課題です。特に若手職員の早期離職は教育コストの損失やチーム医療の質低下につながり、経営リスクを高めます。
こうした課題に対して、人事評価制度を「給与や昇進のための仕組み」にとどめず、育成・キャリア支援・組織づくりのツールとして活用することが効果的です。本コラムでは、病院に適した人事評価制度の活かし方と構築・運用のポイントを解説します。
厚生労働省「令和6年雇用動向調査」によると、医療・福祉分野の離職率は3年連続で減少傾向にあります。しかし、今後の超高齢化社会に対応するためには、医療・介護業界の人材は依然として不足しています。特に業種によっては、人材の定着が大きな課題となっています。
離職率が高いことには「組織の活性化」などのメリットとして捉えられる一面もありますが、病院のような労働集約型の現場では、下記のようにデメリットが大きいのが実情です。
こうした課題の解決に「病院の人事評価制度」が大きな役割を果たします。
看護師や薬剤師、リハビリ職、事務スタッフなど、多様な職種が連携する病院においては、人材の確保と定着が経営の安定性を左右します。
人事評価制度は、職員の働きを成果や能力、態度といった様々な角度から可視化し、公正に評価する仕組みです。これにより職員のキャリア形成の支援、モチベーション維持が可能となり、結果として早期離職の防止と長期的な定着につながります。
人事評価制度の本質は、単なる給与や昇進を決定する仕組みではありません。
むしろ、職員一人ひとりを理想的な状態へと導き、組織の方向性と個人の成長目標を整合させるための重要なツールとなります。人事評価制度が適切に運用されることで、職員は自分の成長や働きぶりが認められていることを実感でき、「自分は成長している」「組織に貢献できている」という感覚を持つことができます。
人事評価制度は、作って終わりではなく目標設定とフィードバックを通じて職員の成長をサポートします。明確な評価基準や定期的な面談により、自分の強みや改善点を把握でき、スキルアップやキャリア形成に向けた具体的な行動を促します。
組織が求めるあるべき姿と、職員の目標や努力の方向性をすり合わせる役割を果たします。これにより、個人の活動が組織全体の目標達成に貢献する構造が生まれ、業務の一体感や協働意識が高まります。
適切に評価されることで、職員は自分の仕事に価値を感じ、やる気につながります。正当な評価と報酬は、職員の心理的満足度を高め、組織への忠誠心や定着率向上にも関わります。
評価面談やフィードバックの場を通じて、上司と部下の間で双方向のコミュニケーションが生まれます。この過程で、上司と部下の信頼関係の構築や離職リスクの早期発見が可能となります。
人事評価制度を通じて、成果主義・成長志向・協働重視といった組織の価値観が明確になり、職員が日常の行動でその価値観を体現するようになります。これにより、組織文化が定着し、長期的な組織力の向上に寄与します。
入職後1〜3年で退職する「早期離職」は、職場とのミスマッチや教育不足、評価への納得感の欠如が原因となることが多いです。
これを防ぐためには、以下のアプローチが有効です。
早期離職の背景には、「この病院で働き続けるメリットが見えない」という不安があります。特に若手職員にとって、自分のキャリアの先行きが不透明だとモチベーションを失いやすくなります。そのため、人事評価制度には「評価=キャリアパスへの反映」が不可欠です。
具体的には、評価結果を昇進や資格取得支援、専門分野でのキャリア展開に結びつけることで、職員は自分の努力が将来につながることを実感できます。
さらに、入社前の段階からキャリアパスや人事制度の仕組みを丁寧に説明することも重要です。事前に「この病院でどのように成長できるか」を理解してもらうことで、入職後の不安を軽減し、早期離職のリスクを下げることができます。
病院は医師・看護師・コメディカルなど多様な職種が働く組織であり、評価基準が曖昧だと「自分は正当に評価されていない」と不満を抱きやすくなります。これが職場への不信感や離職動機につながるケースも少なくありません。
そのため、評価基準は明確かつ客観的であることが重要です。等級レベルに応じた評価基準を設定し、評価のプロセスを職員に丁寧に説明することで、透明性を確保できます。
評価結果を「給与や昇進のための査定」として一方的に伝えるだけでは効果が限定的です。離職防止に効果を発揮するのは、定期的なフィードバック面談です。
職員と対話を重ねることで、評価の背景を理解してもらい、本人の強みや改善点を具体的に示せます。また、職員の悩みや要望を早期に把握できるため、問題が深刻化する前にサポートが可能になります。
早期離職を防げても、入職3年以上の中堅層が離職する場合があります。原因としてキャリアの停滞感や承認不足、成長実感の欠如が原因であることが多いです。
中堅層を定着させるためには、以下の施策が有効です。
年に1~2回、直属の上司を介すことなく人事担当へ宛てた自己申告シートの提出や面談を行い、希望職種や専門領域、キャリア目標を確認する。目標と現状のギャップを整理し、必要な研修や支援を明確化。
業務達成やチーム貢献を日常的に評価・感謝する仕組みを導入。(例):月次の「優秀スタッフ表彰」や小さな功績へのメール・口頭での承認
中堅層が管理職にならなくても専門性を深められる道を用意。(例):専門看護師資格の取得支援、特定診療分野のリーダー研修、研究活動や学会発表支援
このように、人事評価制度は新人の早期離職防止だけでなく、中堅層の定着支援にも不可欠です。
人事評価制度を通じて、職員一人ひとりの成長を支援し、承認文化と多様なキャリアパスを整えることが、病院全体の安定的な運営と質の高い医療提供につながります。
人事評価制度を導入する際、まず明確にすべきは「なぜ人事評価制度を導入するのか」という目的です。目的が曖昧だと、制度運用が形骸化したり、職員の納得感が得られなかったりします。
代表的な目的例は以下です。
さらに、これらの目的は具体的な数値目標に落とし込むことが重要です。数値目標を設定することで、制度導入後の効果を測定しやすくなり、職員への説明もしやすくなります。
(例):「離職率を10%改善」「患者満足度を前年より5ポイント向上」「教育研修の参加率90%以上」など
病院での評価基準は職種の多様性を踏まえて設計する必要があります。
医師:診療実績、学術活動、チーム貢献
看護師:患者対応力、協働性、リーダーシップ
コメディカルスタッフ(薬剤師や臨床検査技師など):専門スキル、連携力、傾聴力
事務職:業務効率、改善提案、組織サポート
例:「患者対応力」=患者からのアンケート評価や先輩の観察による評価
「チーム貢献度」=カンファレンスへの参加状況、後輩指導、業務改善提案の有無
制度を形骸化させず、職員の成長と定着支援につなげるには、運用プロセスをしっかり設計することが重要です。
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この運用を継続することで、職員は自分の成長と病院の方針がリンクしていると実感でき、離職防止や定着支援につながります。
人事評価制度は、給与決定の仕組み以上に、職員の定着・成長・組織力向上に直結します。新人の早期離職防止や中堅層の定着支援には、明確な評価基準、キャリアパスとの連動、定期的なフィードバックが不可欠です。
経営層としては、制度を戦略的に活用し、職員が長く働き続けられる環境を整えることが、病院の安定運営と医療サービスの質向上につながります。
CBグループでは、医療・介護・福祉業界に特化をした人事制度構築のご支援を行っております。他社の事例が知りたい、自社に合った制度がどのようなものか相談したい等、様々なお声に応じてまずは個別面談の機会をご提供させていただいております。個別面談は無料となりますので、ご興味のある方はぜひ下記のお問い合わせフォームをご記入ください。
株式会社CBホールディングス 人財開発支援課 係長
高橋 夏海
2019年にCBグループへ入社。現部署配属後、薬局・病院にて人事制度構築や教育研修に関わる。
これまでに人事支援に携わった法人は20名〜800名規模とさまざま。各法人の特徴や今後の経営方針に合わせて制度導入の支援を行っている。

