現在、政府は国民に「かかりつけ医」を持つことを推奨しており、医療機関にもかかりつけ医機能を整備する取り組みが進められています。
その一環として、2025年4月から施行開始されたのが「かかりつけ医機能報告制度」です。
本コラムでは、かかりつけ医機能報告制度の概要や課題、関連制度、医療機関への影響について解説します。
※本内容は2025年8月時点の情報に基づいています。
患者が日常的に相談できるだけでなく、最新の医療情報に精通し、必要に応じて専門医や専門医療機関への紹介が可能な医師です。また、地域医療や保健、福祉に関わる総合的な能力を有し、身近で頼りになる医師としての役割を果たします。
地域の医療機関が、身近な地域において日常的な診療や疾病予防のための措置、その他の医療提供を行う機能を指します。高齢化や在宅医療の増加に伴い、地域で必要な医療を住民が適切に受けられるよう、これらの機能の充実が求められています。
こうした背景を踏まえ、政府は「かかりつけ医機能が発揮される制度整備」を進めています。この制度整備では、医療機関のかかりつけ医機能を明確化し、地域で必要な機能を確保・強化するための仕組みが整えられています。
具体的には以下の取り組みがあります。
かかりつけ医機能報告制度
医療機関が自院のかかりつけ医機能を都道府県に報告し、地域の医療体制整備に活用します。
医療機能情報提供制度の刷新
報告された情報を国民・患者に分かりやすく公表し、医療機関選びを支援します。
患者への説明の努力義務化
慢性疾患患者などに対して、自院が提供できる医療内容を電子的手段や書面で説明することが求められます。
これにより、医療機関の機能を「見える化」し、地域全体で医療の質や連携を高めることが期待されています。また、患者にとっても必要なときに適切な医療を受けられる環境づくりにつながる重要な制度です。
※上記の「医療機能情報提供制度の刷新」「患者への説明の努力義務化」はコラム後半の「関連制度整備について」で解説します。
出典:厚生労働省|かかりつけ医機能について
かかりつけ医機能報告制度とは、2023年の医療法改正で創設された「かかりつけ医機能が発揮される制度整備」の一環で、医療機関が自院で提供している「かかりつけ医としての機能」を都道府県に報告する仕組みで、2025年4月から施行開始されました。
この制度の目的は、地域ごとに必要な医療を、必要なときに受けられる体制を整え、医療・介護サービスの質を向上させることにあります。報告された情報をもとに、患者は自分に合った医療機関を選びやすくなり、行政や医療機関は地域の医療ニーズに応じた体制づくりを行いやすくなります。
厚生労働省は、制度の目的を以下のように示しています。
患者の選択肢を広げる
日常的によくある疾患や休日・夜間対応などの医療ニーズに応じ、国民・患者がかかりつけ医機能を持つ医療機関を選択・利用できる体制を整備する。
医療機関の機能強化
医療機関は、地域のニーズや他機関との役割分担・連携を踏まえ、自院のかかりつけ医機能を強化することで、地域で必要な医療を安定的に提供する。
この制度の背景には、高齢者の増加と生産年齢人口の減少があり、特に在宅医療や入退院支援、介護サービスとの連携など、多様なニーズに対応できる地域密着型医療機関の重要性が高まっています。
対象は特定機能病院・歯科を除く全国すべての病院と診療所です。対象医療機関は以下の2つの機能に分けられます。
1号機能
継続的な医療を必要とする患者への診療や、日常的な診療を総合的に行う医療機関。すべての対象医療機関が報告対象です。
2号機能
時間外診療、入退院支援、在宅医療の提供、介護サービス等との連携を行う医療機関。1号機能を持つ医療機関のみが報告対象となります。
上記の1・3・5のすべてが当てはまると報告した病院・診療所は「かかりつけ医機能の1号機能を持つ」とされ、2号機能も報告することになります。
※「1号機能」を持つ医療機関のみが「2号機能」の報告をするとされていますが、今後見直しが検討される可能性があります。
※1[17診療領域]
皮膚・形成外科領域、神経・脳血管領域、精神科・神経科領域、眼領域、耳鼻咽喉領域、呼吸器領域、
消化器系領域、肝・胆道・膵臓領域、循環器系領域、腎・泌尿器系領域、産科領域、婦人科領域、
乳腺領域、内分泌・代謝・栄養領域、血液・免疫系領域、筋・骨格系および外傷領域、小児領域
※2[1次疾患を行える診療の範囲例]
(患者調査をもとに外来患者数の多い疾患をピックアップ、さらに精査する)
高血圧、腰痛症、関節症(関節リウマチ、脱臼)、かぜ・感冒、皮膚の疾患、糖尿病、外傷、脂質異常症、
下痢・胃腸炎、慢性腎臓病、がん、喘息・COPD、アレルギー性鼻炎、うつ(気分障害、躁うつ病)、骨折、
結膜炎・角膜炎・涙腺炎、白内障、緑内障、骨粗しょう症、不安・ストレス(神経症)、認知症、脳梗塞、
統合失調症、中耳炎・外耳炎、睡眠障害、不整脈、近視・遠視・老眼、前立腺肥大症、狭心症、
正常妊娠・産じょくの管理、心不全、便秘、頭痛(片頭痛)、末梢神経障害、難聴、頚腕症候群、
更年期障害、慢性肝炎(肝硬変、ウイルス性肝炎)、貧血、乳房の疾患
報告は、医療機能情報提供制度に基づき、G-MIS(医療機関等情報支援システム)または紙調査票により行います。原則としてG-MISでの報告が望ましいですが、地域の実情に応じて紙調査票も活用可能です。
かかりつけ医機能を都道府県に報告する年間のスケジュールは下記の通りです。
出典:厚生労働省|かかりつけ医機能の確保に関するガイドライン(第1版)
かかりつけ医は、患者にとって最初の相談窓口となり、日常的な健康管理から専門医療への橋渡しまでを担う重要な存在です。しかし、地域ごとに医療機能の整備状況や提供体制には差があり、患者が「どの医療機関が自分に合うか」を十分に把握するのは難しいのが現状です。
こうした課題を解決するために導入されたのが「かかりつけ医機能報告制度」です。
各医療機関が自らの機能や取り組みを報告し、それを都道府県が公表することで、患者にとっての情報の透明性を高め、地域全体の医療提供体制の見直しや強化にもつながります。
患者は、受診する前に公表データを確認することで、自身の健康状態や生活環境に合った医療機関を選ぶことが可能になります。たとえば、在宅医療に力を入れているクリニック、夜間や休日の対応が整っている医院など、ニーズに応じた選択ができることで、安心して医療を受けられる体制が広がります。
医療機関からの報告は、単に情報公開にとどまらず、行政や地域全体での医療体制整備につながります。具体的には、以下のような改善が期待されます。
地域における医療機能の把握と確保
プライマリケア研修や在宅医療研修を充実させることで、地域で不足している機能を補う取り組みが促進されます。
24時間対応体制の調整
夜間・休日の診療や在宅患者への24時間対応を効率的に分担・調整することで、患者が必要なときに適切な医療を受けられる体制を構築します。
後方支援病床や退院ルールの整備
急性期から慢性期・在宅医療へとスムーズに移行できるよう、病床確保や地域内での退院支援ルールが整備され、切れ目のない医療提供が可能になります。
地域医療連携推進法人制度の活用
医療機関同士の連携を強化することで、地域全体で患者を支える体制を強化できます。
かかりつけ医機能を明確に報告・公開することで、医療機関は地域住民に対して自らの役割や強みを示すことができます。これにより患者からの信頼性が高まり、地域に根ざした医療機関としての存在感を強めることが期待されます。
医療機関から集まるデータは、地域の医療資源の偏在や不足分野を把握する貴重な情報となります。行政はこのデータを活用することで、より実効性のある政策を立案し、地域の実情に即した医療提供体制の整備につなげることができます。
政府は、地域の医療機関や多職種が連携しながら、かかりつけ医機能を確保するため、医療DXの取り組みとして「全国医療情報プラットフォーム」を活用する予定です。
しかし、かかりつけ医機能報告制度の対象となる全国の病院・診療所(特定機能病院や歯科は除く)が、このプラットフォームを十分に活用できる体制を整えることが課題になります。そのため、政府は医療機関向けに医療DXを活用した医療提供の理解を深める研修を実施し、制度の円滑な運用を支援する方針です。
報告内容が集計、分析された後は、都道府県や地域の医師会、介護・行政関係者が参加する「協議の場」が設けられる予定です。
本格的な協議は2026年度から始まる見込みで、事前にシステムや運営体制を整えることが課題です。地域ごとに医療環境や課題が異なるため、それぞれの状況に合わせて柔軟に進めることや、医療機関が積極的に参加できる仕組みづくりが重要となります。
既存の「機能強化加算」「地域包括診療料」「時間外対応加算」など診療報酬が、かかりつけ医機能を評価していますが、取得状況は未だ低調です。報告制度と診療報酬制度を連動させ、例えば報告内容に基づく加算要件の見直しや、取得しやすい仕組みの導入などが今後の課題として浮上しています。
冒頭で触れた「かかりつけ医機能が発揮される制度整備」には、かかりつけ医機能の報告制度だけでなく、患者が自分に合った医療機関を選び、安心して継続的な医療を受けられる環境を整えるための仕組みも含まれています。
ここでは、「かかりつけ医機能」の関連制度について解説します。
従来、各都道府県ごとに独自運用されていた医療機関情報システムは、2023年の医療法改正を受けて「医療情報ネット(ナビイ)」に統一され、2024年4月から全国で運用が始まりました。
この制度は、患者が自分に合った医療機関を選ぶための情報を提供する仕組みです。診療科目や診療時間などの基本情報に加え、以下のような内容が新たに公表されるようになりました。これにより、患者はより詳細でわかりやすい情報に基づき、かかりつけ医を選べるようになっています。
小児・高齢者・障がい者など対象者属性
日常的によくある疾患への対応状況
医師が受講した研修内容
入退院時の支援体制や地域連携の取り組み
在宅医療や介護との連携体制(休日・夜間対応を含む)
出典:厚生労働省|医療機能情報提供制度(医療情報ネット)について
さらに、かかりつけ医機能を有する医療機関は、慢性疾患患者など継続的な医療が必要な方に対して、提供するかかりつけ医機能の内容を書面や電子的手段で説明する努力義務が、2025年4月から課されました。
対象は「概ね4か月以上、継続して医療を提供することが見込まれる患者」とされ、以下のような内容を文書または電子的に説明することが求められます。
自院が発揮するかかりつけ医機能(1号機能・2号機能)
連携先の医療機関が担う機能(必要に応じて)
その他、管理者が必要と判断した事項
説明の方法は書面のほか、電子メールや電子カルテの共有システムを通じた提供も検討されています。なお、患者の診療に支障を及ぼす場合や、安全性に問題が生じる恐れがある場合には免除されることもあります。
このように「報告制度」「情報提供制度」「患者説明の努力義務化」は相互に連動し、
医療機関は機能を明確化・公表
行政はデータを集約・整備
患者は情報に基づいて医療機関を選択し、説明を受けて納得して治療を継続
という三位一体の仕組みとして制度整備が進められています。
出典:厚生労働省|かかりつけ医機能が発揮される制度の施行に向けた議論の整理(案)
今後、かかりつけ医機能を地域で確保・発展させるためには、医療機関を調整する都道府県と、介護・福祉行政を担う市町村が一層連携し、地域全体で支える仕組みを築くことが求められます。
かかりつけ医機能には「在宅医療」も含まれ、医療・介護・福祉の連携強化が不可欠です。令和6年度の報酬改定や制度改正でも、この連携の重要性が改めて示されています。
地域住民が安心して継続的な医療を受けられる環境を整えるため、医療・介護・福祉の各機関が協力し、かかりつけ医機能の充実を進めていくことが、今後の大きな課題となるでしょう。
\医療DX関連コラム/
・「医療DX推進体制整備加算」が2024年10月から3区分に
マネージャー
H.FUJIMOTO