高齢化社会が急速に進展する日本において、介護施設の役割はますます重要になっています。しかし同時に、人材不足や経営難、後継者問題など、介護事業者が直面する課題も山積みです。こうした状況の中、多くの介護施設経営者が事業の未来について悩み、新たな選択肢を模索しています。その選択肢の一つが「事業譲渡」です。
このようなことを聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
事業譲渡には慎重な準備と計画、そして専門知識が必要となります。
本コラムでは、介護施設の事業譲渡を考える経営者の皆様に向けて、その基本的な概念から実践的なアドバイスまで、解説します。
M&A(Mergers and Acquisitions)は、企業が合併または買収を行うプロセスを指します。これは、経済的な戦略の一環として行われ、企業が成長し、競争力を向上させ、市場でのポジションを強化するために採用される手法です。
つまりM&Aを簡単に言うと、会社や事業を買収または売却することです。
合併は、2つ以上の企業が合同して新しい企業を形成するプロセスです。これは協力的なプロセスであり、両方の企業が同等の立場で参加します。合併には異なる形態があり、垂直統合(供給チェーン上または下の企業との合併)や水平統合(同じ業界の競合他社との合併)などがあります。
買収は、1つの企業が他の企業を購入するプロセスです。よくあるテレビドラマの世界では、買収は時に敵対的な形で進むこともありますが、現実では医療・介護業界の場合、「友好的M&A」や「救済型M&A」と呼ばれる交渉に基づいて進行されます。
介護事業のM&Aは、そのほとんどが「株式譲渡」か「事業譲渡」の手法で実施されています。
「譲渡代金が誰に渡るか」 が根本的に異なり、M&Aの目的や対象会社の財政状態等から、適切な方法を選択します。
株主が所有する株式を譲渡すること、これはすなわち会社全体を譲渡することを指します。譲渡代金は株式を売却した株主に入ります。一般的に株主兼経営者が引退する際や、別会社で異なる事業を始める際に取る方法です。
特徴としては
会社が運営している一部の事業所・施設のみを切り離し譲渡する方法を指します。譲渡代金は事業所・施設を売却した会社に入ります。一般的に事業を複数展開する企業が、一部を売却・整理する際に取る方法です。
特徴としては
承継を考える主な理由としては、以下のような理由が挙げられます。
買収を考える主な理由としては、以下のような理由が挙げられます。
事業譲渡は、特定の介護施設や介護サービス部門を他の企業に譲渡することを意味しますが、売り手にとっては経営課題の解決や事業継続性の確保、買い手にとっては成長市場での事業拡大や地域展開の機会として注目されています。
高齢化社会の進展に伴い、介護施設の需要は今後も増加が見込まれるため、M&Aを通じた業界再編は今後も活発に行われると予想されます。

介護施設の事業譲渡における評価は以下のように分けられます。
コストアプローチは、企業の資産と負債に基づいて価値を評価する方法です。
時価純資産法とは評価時点において会社が保有している資産の時価合計額から、負債の総額を控除した額を企業価値とする方法です。税法基準では、資産や負債の時価評価を行わなかったり、引当金を計上していないなど、実際の時価と相違があるケースがほとんどのため、資産と負債の全項目を時価で再度評価しなおすことにより、時価ベースに置き直します。
簿価純資産法は、貸借対照表に計上されている資産・負債の簿価を基に純資産額を算出し、企業価値を評価する方法です。この方法は主に中小企業の評価に多用され、新株発行や株式売買が頻繁に行われない企業に適しています。
コストアプローチの留意点としては、将来の収益性や成長性を反映しにくいため、成長期の介護事業には適さない場合があります。
インカムアプローチは、将来的な収益価値を基準として企業価値を評価する方法です。
この方法はDCF法と呼ばれ、Discounted Cash Flowの略です。会社が将来生み出す価値をフリーキャッシュフローで推計し、資本コスト(WACC)で割り引いて現在価値(DCF)に換算して会社を評価します。
※ 割引率やWACCの設定が企業や業種、業界によって大きくことなります。投資におけるリスクを表現する数値のため、公開性の低い業界ではあまり使われません。
将来の利益やキャッシュフローを一定の還元利回りで割って価値を算出します。比較的簡単ですが、適切な還元利回りの設定が難しい場合があります。
マーケットアプローチは、類似企業や過去の取引事例との比較に基づいて企業価値を評価する方法です。
この方法は、利益等を物差しとして、業種や業態等が似ている上場企業の株価をもとに、対象会社の評価額を算出する方法です。市場においては、大手企業が上場していることから、それらの企業の事業価値額が利益等の何倍になっているかを参考に評価額を計算します。
類似取引比較法は、過去に行われた類似企業のM&A取引事例を参考に企業価値を評価する方法です。
類似業種比較法は、評価対象企業と類似する上場企業の株価や財務指標を参考に企業価値を評価する方法です。
マーケットアプローチの留意点としては、適切な比較対象を見つけることが難しく、介護業界の特性や個別企業の状況を十分に反映できないという可能性があります。
また施設の財務状況以外で評価されるポイントは次の通りです。
介護施設の価値評価においては、これらの要素を総合的に判断することが重要です。財務的な側面だけでなく、非財務的な要素も重視され、特に介護サービスの質や地域での評判、将来の成長性などが重要な評価ポイントとなるでしょう。
また、介護保険制度の改定や地域の高齢化率など、外部環境の変化も考慮する必要があります。
介護施設の事業譲渡やM&Aを検討する際、多くの経営者の方が「まず何から始めればいいのか分からない」「どのような手順で進めるのか不安」と感じられるのではないでしょうか。介護施設を売却・譲渡したい企業様と、買収・譲受を検討している企業様それぞれの立場に分けて、M&Aの基本的な流れとそのポイントをわかりやすくご紹介します。
まずはM&A支援会社や税理士など専門家に相談を行い、自社の現状や希望条件を伝えます。この段階では「譲渡すべきか迷っている」「今の企業価値を知りたい」という段階でも問題ありません。介護業界に特化した専門家を選ぶことで、業界事情を踏まえた具体的な提案が得られます。
過去数年分の決算書、施設ごとの運営データ(入居率、人員体制、収支など)、許認可状況などの資料を提出し、企業価値の算定や買い手選定の基礎資料とします。資料が整っていない場合でも、支援会社がフォローしてくれることが多いため、ひとまず相談してみましょう。
支援会社が保有するネットワークやマーケット情報をもとに、シナジーのある買い手候補をリストアップします。譲渡希望条件(価格、従業員継続、地域性など)に合致する企業を選定します。
買い手候補の名から選ばれた経営者と直接面談し、理念やビジョン、譲渡後の体制などをすり合わせます。この段階で「人柄」「企業文化の相性」も重要な判断材料になります。 複数社と面談することで、比較検討がしやすくなり、条件交渉もしやすくなります。
買い手候補が決定したら、価格や譲渡スキーム、スケジュールなどの大枠の条件をまとめた「基本合意書(LOI)」を締結します。この時点では法的拘束力は弱いですが、今後の協議の基盤になります。
買い手側が、売り手側に対して財務・法務・労務・許認可などのリスクを精査します。問題があれば価格の見直しや条件変更が行われることもあります
監査を経て、両社が条件に納得したら、最終的な売買契約を締結します。譲渡価格、引継ぎ期間、スタッフや利用者への対応なども明記されます。
従業員や利用者・ご家族、ケアマネジャー、関係機関などに譲渡の旨を告知します。事前に説明会や個別相談を行い、不安を取り除く工夫が重要です。
契約に基づいて資金の授受、許認可の手続き、事業の引継ぎなどを行い、M&Aが完了します。このタイミングで経営者交代や新体制の始動となります。
自社の経営戦略やエリア展開計画に基づき、「どのような介護施設を取得したいか」を相談します。(施設系が欲しい、訪問介護が欲しい、地方拠点を増やしたいなど)
支援会社が譲渡希望の案件情報を紹介します。興味がある案件については、詳細情報(財務、事業内容、運営状況など)を確認して検討します。
候補先の経営者と直接面談を行い、双方の意向や事業ビジョンをすり合わせます。従業員の雇用方針や譲渡後の運営体制などもこの段階で協議します。
譲渡条件に合意すれば、基本合意書(LOI)を取り交わします。この段階で買収意思を固め、買収監査へと進みます。
対象事業のリスクや隠れた債務を確認するために、各種監査を実施します。特に人件費、加算の要件、過去の指導履歴などを重点的にチェックします。買収後に行政からの指導が入ることを防ぐため、ここでのチェックは極めて重要になります。
監査で問題がなければ、譲渡価格・条件を最終確定し、売買契約書を締結します。
「事業譲渡」の場合は、新たに介護サービスの開設申請や指定申請を行います。
資金決済・登記・契約の履行を経て、正式に事業譲渡が完了します。この後、利用者・職員への説明会や引継ぎ業務が実施され、新体制へと移行します。
「事業譲渡」の場合、許認可は自動的には引き継がれません。新たに事業者が行政に申請を行い、許可を取得する必要があります(施設ごとの「新規開設」手続きが必要)。新しい事業主体が改めて介護事業者としての認可を取得する必要があります。これには行政への申請や必要書類の準備、審査期間の考慮が含まれます。
事業譲渡により、これまで受けていた補助金や特定事業所加算などが見直される可能性があります。特に運営期間が要件となっている加算については注意が必要です。
介護施設の事業譲渡は複雑なプロセスであるため、M&Aの専門家や弁護士、行政書士などの専門家に相談することが推奨されます。助言を得ることで、スムーズな事業譲渡が可能になります。介護施設の事業譲渡は、単なる経営権の移転ではなく、利用者の生活に直結する重要な決断です。公共性の高い事業であることを念頭に置き、慎重かつ計画的に進めることが求められます。
企業・事業の現在の状況を把握することで、改めて自社のポジショニングを認識することができ、売却・譲渡を検討する際にも企業事業概要や希望条件などを分かりやすくプレゼンすることが可能になります。
ではここで実際の介護施設における事業譲渡の事例とポイントを紹介します。
こちらの事例は初期検討から約1年6か月の期間がありました。
【譲渡側】
・業態:サービス付き高齢者住宅(40床以下)、訪問介護、通所介護
・売却理由:オーナー様の体調面の問題
・ポイント:オーナー様が慢性的な体調不良に陥っていた
・オーナー様は譲渡後も継続して事業にかかわっていくことを希望
譲渡活動を開始し、売主様の希望条件を満たす先4社と、同時期に面談しました。
最有力先の辞退という想定外もありましたが、候補先の中で一番相性の良い先を選択されました。売主様からは複数面談をしておいてよかったというお声をいただきました。
順調に進捗していましたが、想定外の事象によりクロージング時期を再調整する必要がありました。それに伴い、ほかスケジュールの調整も必要となりました。
実は過去に一度価値算定を行っており、その1年後に譲渡活動をスタートしました。残念ながらその間に財務状況、収支状況が大きく変化していました。
A.以下のような状況にある場合、事業譲渡を検討することが有効です。事業価値が大きく下がる前に、早めに相談・検討を開始するのが重要です。
後継者が不在で事業承継に不安がある
業績の悪化や経営不振が長引いている
慢性的な人手不足により運営が困難
施設の老朽化や建て替え投資が困難
経営者が高齢または健康上の理由で引退を考えている
A.原則として、事業譲渡後も従業員の雇用や利用者の契約は継続されるように調整されます。ただし、労働条件や雇用形態に変更が生じるケースもあるため、早期に適切な説明と合意形成が重要です。利用者にとっても「いつも通りの介護が受けられるか」が最大の関心事となるため、安心感を持たせる丁寧な対応が求められます。
A.成功のためには以下の点がカギとなります。特に売却したら終わりではなく、次の経営者への「バトンタッチ」という視点が重要です。
希望条件や経営方針の整理(譲渡後も残りたいのか、完全引退か)
複数の買い手候補との比較・交渉
最新の企業価値算定の実施
M&A専門家(介護業界に強い)への早期相談
従業員・利用者への誠実な情報共有と移行支援
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「企業価値診断=売却」ではありません。自社の現在の企業価値を知ることは、親族や従業員へ事業を承継する際にも必ず役に立ちます。そして何より、今の企業・事業の本当の強み、ポテンシャルや経営課題が浮き彫りになり、経営戦略の策定に活用することもできます。
自社の企業価値を客観的に把握することは、自社の決算を把握するのと同じくらい経営者にとって必須の情報なのです。
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作成日:2024年3月21日
マネージャー
T.FUNAMOTO
