近年、デイサービス経営を取り巻く環境は大きく変化しています。
高齢化の進展により需要は増加しているものの、同時に競争は激化し、人材不足や介護報酬の抑制といった課題も深刻化しています。
こうした中で、経営安定化や事業の存続を目的に「M&A(事業譲渡・買収)」を検討するデイサービス事業者が増えています。
本コラムでは、デイサービスの基本から、業界の現状、報酬改定による影響、さらにM&Aのメリット・デメリットや成功のポイントまで、詳しく解説します。
まず、デイサービスの事業の概要について紹介します。
デイサービス(正式名称:通所介護)は、要支援・要介護認定を受けた高齢者が日帰りで利用できる介護サービスです。利用者は施設に通い、食事・入浴・機能訓練・レクリエーションなどの支援を受けながら、生活機能の維持や向上を目指します。
さらに、デイサービスは家族の介護負担を軽減する重要な役割も担っており、地域包括ケアシステムの中核的サービスとして位置づけられています。
近年では、利用者の多様なニーズに応えるために、機能訓練特化型や認知症対応型など、サービス内容を差別化する事業所が増えています。
利用できる人:要支援1〜2、要介護1〜5の認定を受け、自宅で生活している高齢者
利用目的:
身体機能の維持・回復を目指す機能訓練
入浴・食事などの日常生活支援
社会参加の促進(コミュニケーションやレクリエーション)
デイサービスは、提供内容や対象者によって次のように分類されます。
大規模デイサービス:1日あたり25名以上
中規模デイサービス:1日あたり19名以上
小規模デイサービス(地域密着型):1日あたり18名以下
認知症の方専用。症状の進行抑制や安全な環境の提供が目的。
機能訓練や運動プログラムに重点を置き、短時間利用も可能。
医療的ケアや看護師対応が必要な方を対象。
利用者は自身の状態や目的に合わせてサービスを選択します。そのため、事業者は地域の高齢者ニーズや競合状況を把握し、自社の強みを明確化することが重要です。下記は一例ですが、施設の特色づくりが、利用者確保と差別化のカギとなります。
高齢者人口の多いエリアでは中・大規模施設
要介護度が軽い方が多い地域ではリハビリ特化型


デイサービス業界は、高齢化の進展に伴って一時的に需要と事業所数が急増しましたが、近年はその成長に陰りが見えています。
2024年9月に厚生労働省が公表した最新データによると、通所介護および地域密着型通所介護の事業所数は全国で43,018カ所。前年の43,379カ所から388件減少しており、過去数年続いた横ばい傾向が、ついに減少局面に入ったことが明らかになりました。
2017年頃から全国的にサービス提供が行き届き、新規参入による成長が頭打ちになったことに加え、採算性の低い小規模事業所を中心に廃業や統廃合が進んでいます。
注目すべきは、事業所数の単純減少だけでなく構造の変化です。
地域密着型デイサービスの統廃合が進行
中規模・大規模の通所介護事業所が増加傾向
これは、人材確保や運営コストの観点から、規模の経済を活かした運営体制へのシフトが進んでいることを示しています。
デイサービス業界の経営環境は厳しさを増しています。主な課題は次のとおりです。
利用者確保の競争激化
人口減少や競合増加により、集客コストが上昇
人件費の高騰と人材不足
採用難・離職率の高さが収益を圧迫
介護報酬改定による収益性低下
2024年度改定では、運営効率化が求められ、加算要件も厳格化
設備・ICT投資負担の増加
科学的介護推進体制加算やLIFE対応など、システム導入が必須に
こうした状況の中、採算確保や人材確保が難しい小規模事業所は、経営破綻リスクが高いといえます。今後、こうした事業所の多くは経営統合やM&Aを通じたスケールメリットの確保を検討することが、生き残りのカギとなります。
こうした中、経営統合やM&Aを通じた規模拡大と経営効率化が注目されています。特にデイサービスは、アセット(不動産)を持たないケースや、借入金の多さなどが譲渡ハードルになりやすいため、買手の選好を踏まえた準備が重要です。
赤字の施設は多いが、採算性の見込みが重要
定員30~40名規模が買手がつきやすい
土日休業の施設は“伸びしろ”あり
アセット(不動産)なしでも可だが、借入金は少ない方が望ましい
今後は地場のデイサービス事業者が買手になる可能性が高い
このように、デイサービス業界は縮小と統合の局面に入り、「どう生き残るか」ではなく「どう次のステージに進むか」が問われています。
出典:厚生労働省|請求事業所数,都道府県・サービス種類別
デイサービス事業の構造変化には、過去の介護報酬改定が大きく影響しています。特に2015年の改定では、地域密着型通所介護(小規模デイサービス)の報酬単価が見直され、それまで順調に拡大していた小規模事業の経営が一気に厳しくなるケースが多発しました。
この影響で、小規模デイサービスの統廃合や事業撤退が進み、業界全体として中規模以上の事業所が増える傾向へとシフトしています。こうした突然の環境変化に対応するため、M&Aを活用した経営戦略や事業転換は有効な手段とされ、デイサービス業界でのM&Aニーズは年々高まっています。
2024年度の介護報酬改定(令和6年度改定)では、介護サービス全体で+1.59%のプラス改定となり、全体としては微増となりました。しかし、デイサービスに関しては、評価方法や加算要件の見直しが進み、運営の柔軟性や質の確保がより重視されています。
主な改定内容は以下の通りです。
(I)ロの人員要件が緩和され、機能訓練指導員の配置時間の定めがなくなった
単位数は 85単位 → 76単位に変更
リハビリテーション、口腔ケア、栄養管理を一体的に行う計画書の記載要件を強化
利用者に対する包括的なケアの推進が求められる
一部職種における兼務や配置要件の柔軟化
職員採用難に対応するための運営基準緩和
認知症加算、入浴介助加算、科学的介護推進体制加算、ADL維持等加算などで要件や評価方法を改定
処遇改善・特定処遇改善・ベースアップ加算を統合
事務負担を軽減しつつ、職員賃金改善の継続を確保
送迎加算の取扱いや提供範囲の整理により、トラブル防止と透明性を確保
今回の改定は人材不足対策や科学的介護の推進を背景としており、運営における柔軟性は増す一方で、計画書や記録の充実、加算取得に向けた対応負担は増大します。また、加算要件の変化により、職員体制や提供内容を適切に整備できない事業所は収益減少のリスクがあります。
こうした中、規模拡大や運営効率化を目的としたM&Aは引き続き有力な選択肢です。特に、中規模以上のデイサービスや機能訓練特化型へのシフトが進む中、小規模事業所が生き残るためには、事業再編や統合の検討が不可欠といえます。
デイサービスの業態において、M&A(第三者承継)を行うメリット・デメリットについて紹介します。
デイサービスのM&Aにおける売手側と買手側のメリットは以下の通りです。
デメリットを最小限に抑えるためには、綿密な事前調査、適切なデューデリジェンス、そして統合後の効果的なPMI(Post Merger Integration)が必要不可欠となります。
またM&Aの影響を受けるのは経営者だけではありません。それまで一緒に働いていた従業員にも大きな影響を及ぼします。新たな経営者や親会社の元で運営を継続していく場合、雇用条件の変更や業務フローの大幅な変更の可能性があり、従業員のモチベーション低下や離職率の上昇といった問題が生じる場合があります。このような状況にならないよう、従業員にとって不利益な雇用条件の変更は行わないように契約書に記載することも可能です。
いずれも高度な交渉が必要になるため、M&Aをご検討の場合は介護事業の事業承継支援を専門に行っている会社への相談をおすすめします。
デイサービスのM&A、以下のような流れで進んでいきます。
まずは、事業承継を支援してくれる仲介業者やコンサルティング会社を探していきます。第三者への事業承継は自身のみで進行することも可能ですが、買収候補者(企業)の数や、複雑な交渉や契約書の作成など、事業承継の専門家に依頼することがおすすめです。
事業承継の専門家は、以下の条件を踏まえて探すと良いでしょう。
当てはまる条件が多い専門家ほど、自社事業の承継先を見つけてきてくれる可能性が高くなります。依頼する専門家が決まったら、事業承継支援に関するアドバイザリー契約を締結します。
実際に事業承継の話を進めていく前に、専門家の協力のもと、自社の通所介護事業の適正な事業価値を算定することで、大体どれくらいの金額で承継することができるのかを把握できます。事業承継の話を進めてしまう前に算定を行うことで、莫大な時間と労力をかけて相手先を見つけたにもかかわらず、想定未満の金額しか提示されなかったという状況を避けることができます。
企業(事業)価値の算定は、料金が発生する専門家も少なくありませんが、CBパートナーズでは無料で行っております。ご希望の場合はお気軽にご相談ください。
事業のシナジーや事業の立地、希望価額などを鑑みて、譲渡先(買収候補)をリストアップしていきます。まずは、リストアップされた候補にどの会社の事業かがわからない状態(ノンネーム)で打診し、前向きに検討してくれる候補先を絞り込みます。その後、事業を譲渡する経営者と専門家とで話し合い、情報を全て開示して本格的に交渉を開始する買収候補先を選定していきます。
事業承継の専門家の協力を得ながら、将来の展望や企業文化、事業承継に対する熱量などを勘案して、譲渡するデイサービスを適切に運営してくれそうな相手を見つけていきましょう。この段階では、複数の買収候補先と同時並行で進めても問題ありません。
次に、譲渡する側の企業の経営者と譲受する側の企業の経営者が実際に会って、話をします。専門家も同席し、双方の経営陣と円滑なコミュニケーションを取りながら交渉が合意に近づくように支援します。
TOP面談と呼ばれるこのプロセスでは、双方の企業風土や経営者の人となりの理解を中心としたコミュニケーションが行われます。TOP面談を経て問題がなかった買収候補先と条件を交渉していくのが一般的な流れです。
双方の合意がまとまったら、まずは基本合意(契約)書の締結を行います。この段階では、事業の譲渡・譲受に関しての法的拘束力はありませんが、事業承継の基本方針や相手先の選定が固まったという意味で合意書が作成され、次の段階へと進行していきます。
デューデリジェンスは、買収する側が譲受対象である事業や企業に関しての情報を徹底的に調査し、「本当に買収してもいいのか?」を判断するプロセスです。デューデリジェンスは財務、法務、人事などの経営のあらゆる側面で行われ、潜在的なリスクや課題点がないかを洗い出していきます。
どの程度、どの側面でデューデリジェンスを行うのかは買収企業によってさまざまであるため、事前にすべてを対策することは難しいものではありますが、誠実に対応していくことが重要です。デューデリジェンスの状況によっては、事業承継の話自体が破談になることもあり得ます。最終合意に向けて、慎重かつ丁寧に対応していくようにしましょう。
デューデリジェンスの結果を踏まえ、詳細な条件をすり合わせた最終合意契約を締結します。最終合意(契約)書は、法的拘束力を持つため、この段階での契約内容に合意することは事業承継を実行することに等しくなります。
最終合意(契約)書の内容は将来的なトラブルにもなりかねませんので、専門家とも密な連携をとり、慎重に内容を精査していきます。
最終合意(契約)書を双方が確認し、契約書を締結したら、資金や事業運営に必要な資産の移転や法的な手続きを完了させ、事業承継プロセスが完了します。ただし、クロージング後も事業のスムーズな統合と権利移転のために、従業員や顧客への説明などの対応が求められることは覚えておきましょう。
また、契約内容によっては譲渡後も事業運営のために経営者が残る場合もあるため、トラブルにならないように注意が必要です。
デイサービスのM&Aを円滑に進めるためには、売手・買手双方が法的手続きや契約、従業員対応などの重要ポイントを正しく理解しておくことが不可欠です。ここでは、特に売手が注意すべき主要項目を解説します。
介護事業の許認可は、事業譲渡の場合、自動で引き継がれることはありません。譲渡後すぐに事業が継続できるよう、手続きのスケジュール管理が重要です。
売手側:廃止届の提出が必要
買手側:新規指定申請を行う必要あり
許認可と同じく利用者や従業員との既存契約も引き継がれません。再契約の手間を軽減するため、事前に利用者・職員への説明と同意を得るプロセスを設計することがポイントです。
利用契約 → 個別の再契約が必要
雇用契約 → 買手との新契約が必要
不動産・設備・車両などの資産を譲渡する場合、個別の権利移転手続きが発生します。資産価値の確認や手続き漏れは、トラブル防止のため専門家の関与が望ましいです。
不動産 → 登記変更
車両 → 名義変更
財務・法務・労務・運営の実態を精査するデューデリジェンスは、M&Aにおけるリスク回避の最重要プロセスです。専門家の支援を得て、買収後のトラブルを防ぐことが必須です。
隠れ債務
行政処分リスク
労務問題
デイサービスのM&Aでは、人材確保が目的のケースが多いため、買収後の離職は大きなリスクになります。従業員フォロー体制を構築し、離職防止策を講じることが成功のカギです。
事前説明と不安解消
処遇改善やキャリアパスの提示
経営方針の共有
売手は、資金繰り悪化などで急いで売却する場合、低価格での譲渡を迫られるリスクがあります。早期から専門家に相談し、交渉力を確保することが重要です。
複数の買手候補を検討
適正な企業価値評価(バリュエーション)
M&A仲介会社を選ぶ際は、介護業界に精通しているかが重要な判断基準です。業界特有の制度や法令に対応できる仲介会社を選ぶことで、トラブルを回避できます。
契約内容(専任契約・双方代理・成功報酬など)を精査
実績や口コミの確認
社会福祉法人のデイサービスを譲渡する場合、株式会社とは大きく異なる制約があります。法的制約が多いため、必ず専門家のサポートを受けることが必要です。
所轄官庁(都道府県)の厳格な承認
資産評価や譲渡手続きの特殊性
●<インタビュー>社会福祉法人 奉優会様~社会福祉法人の事業譲渡・合併について~
デイサービスのM&Aを成功に導くためには、売却準備から交渉、承継後の対応まで計画的な戦略が必要です。以下に、重要なポイントを解説します。
現状把握と改善により、事業価値を高め、買手からの評価アップにつながります。
稼働率・利用者数・サービス品質・人員配置・財務状況を詳細に分析
老朽化設備や稼働率の低下など、マイナス要素は事前に改善しておく
収益性と安定性を裏付けるデータを提示することがポイントです。
稼働率が高くても、介護度の低い利用者が多い場合は収益性が低下
医療機関との連携や入居ルートを確保している事業所は評価が高い
買手にとって魅力的な情報を「数値」と「事例」で示す」ことが契約をスムーズにします。
地域でのブランド力
特殊なリハビリサービスや認知症対応などの差別化要素
職員の定着率や利用者満足度
急な売却は価値を損なう要因となるため、1年以上前から準備開始が理想
財務整理・契約関係の整備・許認可関連の確認を事前に行う
介護報酬改定(3年ごと)を踏まえた売却タイミングの戦略も重要
従業員はM&A後の処遇に不安を抱きやすい
事前説明・雇用条件の維持・キャリアパスの提示で離職を防ぐ
職員の安定は、買手にとっても重要な評価ポイントです
焦って売却すると大幅なディスカウントを強いられるリスク
複数の買手候補を比較し、市場価格を踏まえて交渉
専門家による企業価値評価を活用し、適正価格を提示
財務・法務・労務・運営の透明性を確保
買手の質問や資料請求に迅速に対応
隠れた債務や労務問題がある場合は、事前に是正・説明
弊社がこれまで支援したデイサービスの承継先は多くありますが、その中でも特に住宅型施設に併設している施設では利益率が高いため、より高い評価がつく傾向があります。
その理由の一つに、利用者の平均介護度が高くなること、もう一つは安定して利用者の確保ができるため稼働率が増減しにくいことが挙げられます。たとえデイサービス1事業所であったとしても住宅型施設と併設の場合、2億円以上での譲渡も複数の事例がありますので、統廃合の多いデイサービスの中でも需要のある施設形態であるといえます。
では実際にデイサービスのM&A事例を紹介いたします。
小規模デイサービスを運営されている企業様から、稼働率が悪いため切り離したいとのご相談を頂きました。しかし当時の状況では譲渡が難しいと判断したため、稼働率を上げてから譲渡することを提案させていただきました。相談から1年後、稼働状況が良くなったことから再度ご譲渡に向けて動き出しました。
稼働率が7割程度だったため、まだ伸びしろがあることや譲渡時点でも利益が確保できていたことからご譲受を決心されました。
売却後、売手様は不採算部門であった介護事業を切り離すことができ、法人の経営状況が改善することができました。
ここまで、デイサービスのM&Aに関するメリット・デメリットや事業承継完了までのプロセスについて紹介しました。
これまで運営してきた事業を第三者に譲渡するという決断は簡単なものではありません。だからこそ、事業の運営継続ができている間に検討が必要です。デイサービスのM&Aは、介護業界という特殊な事情や事業の特性などを理解している専門家に支援を依頼しないと、トラブルに発展することもあります。
例えば、事業承継に際して役員が引退する場合、退任予定の役員がどういった資格を持っていて、管理者等の役職として行政に届出をしているかという事に注意し、後任の人材を準備する必要があります。
万が一、行政の定める人員基準を満たすことができなかった場合は、承継後に行政からペナルティを受ける可能性があります。特に、退任予定の役員が看護師で譲受側に代替人員がいない場合、新たに周辺の訪問看護事業所と提携をしなくてはならないため注意が必要です。
当社は、デイサービスの承継事例があり、買収候補企業様から多数のデイサービスの買収希望をいただいております。
自社のデイサービスの価値が知りたい、事業の譲渡に興味があるなど、どんな些細な内容でも構いませんので、気になることがありましたら、お気軽にお問い合わせください。
作成日:2024年1月30日
マネージャー
T.FUNAMOTO
