福祉用具貸与事業は、高齢化の進展に伴い一定の需要が見込まれる分野ですが、近年は介護報酬の改定、人材不足、デジタル対応の遅れなど、事業環境の変化に直面しています。特に中小事業者にとっては、こうした変化に柔軟に対応し続けることが難しくなりつつあります。
このような背景から、今「福祉用具貸与事業の売却」が注目されるようになってきました。当社でも、福祉用具事業者様からの売却に関するご相談をいただくケースが増えており、経営戦略の一環としてM&Aを検討される経営者の方が増えていることを実感しています。
本コラムでは、福祉用具貸与事業の現状と、なぜ今売却という選択肢に注目が集まっているのか、売却によるメリットなどについて解説いたします。
福祉用具貸与とは、介護保険制度に基づき、高齢者や身体の不自由な方が自立した生活を送るために必要な福祉用具(介護ベッド、車いす、歩行器、手すりなど)を、レンタル形式で提供するサービスです。利用者は要介護度に応じた範囲内で1割〜3割負担で利用でき、残りは介護保険から支払われます。
この制度により、利用者は初期費用をかけずに必要な用具をタイムリーに使える一方、事業者は在庫管理・メンテナンス・衛生管理などを伴う継続的な運用が求められます。
介護報酬改定によって、福祉用具の貸与単価は抑制傾向にあり、利益率が年々下がっています。加えて、物価・人件費の上昇が利益を圧迫し、薄利多売の構造に拍車がかかっています。
| 項目 | 改定内容 | 経営への影響 |
|---|---|---|
| 購入と貸与の選択制の導入 | スロープ・歩行器等4品目が貸与 or 購入の選択制に。 固定用スロープ(可搬型除く)、歩行器(歩行車除く)、単点杖(松葉づえ除く)、多点杖の4品目のみ。 | 貸与収入の減少リスク/販売力強化が鍵 |
| モニタリングの明確化 | 福祉用具専門相談員は、貸与開始後6か月以内に1回以上のモニタリングと、記録・報告が義務化 | 業務負担増だが、顧客信頼と品質向上へ |
福祉用具の再利用にあたっては洗浄・消毒・保管・修理・配送といった工程が不可欠で、その運営コストが年々上昇しています。倉庫や配送車両の維持、作業員の確保といった運用体制の確保が経営を圧迫する要因となっています。
福祉用具の利用は、基本的にケアマネージャーのケアプランに基づくため、ケアマネージャーとの関係性が売上に直結します。小規模事業者にとっては、地域のケアマネに依存しすぎることで、顧客開拓に限界が生じることもあります。
商品知識や住宅改修との連携提案力をもつスタッフが少ない場合、営業や提案が特定の個人に依存し、組織としての対応力が弱い状態が続きやすいという課題があります。スタッフの採用・定着が難しく、スキルの平準化も課題です。
福祉用具貸与(レンタル)事業を行っている法人の形態には、他の介護事業展開している法人と、介護サービスは持たず福祉用具レンタル事業を行っている法人(専業型)の2種類に分かれます。中小規模では介護サービスと並走して運営しているケースが多く見られますが、ケアマネと距離のある「専業型」でも、強い営業力と地域ネットワークを持つ企業は一定のシェアを持っています。一方、大手(ヤマシタ、アロン化成、フランスベッドなど)は全国展開型の専業型で、物流・システム管理のスケールメリットを活かしています。
デイサービス、訪問介護、居宅介護支援(ケアマネ事業所)などの介護サービスを提供している法人が、福祉用具貸与事業も行っているケース
ケアマネ機能との連携が取りやすく、利用者紹介の導線を内部で完結できるため営業力が高い
住宅改修などとの複合提案もしやすく、顧客単価が高まりやすい
福祉用具レンタル事業のみ、または販売や住宅改修をセットで展開するが、介護サービスは持たない法人
小規模経営の個人事業や地域密着型の事業者が多い
他社のケアマネや施設と連携しながら営業活動を行うスタイルで、差別化には営業力やサービス品質が求められる
福祉用具貸与事業は、高齢化社会の中で今後も一定の需要が見込まれる分野です。しかし近年、この業態を取り巻く経営環境は大きく変わってきています。介護報酬改定による収益構造の変化、人材不足、地域内での競争激化、さらにはデジタル対応の遅れといった要因が重なり、特に中小規模の事業者にとっては「今後もこのまま事業を続けていけるのか」という不安が高まっています。
こうした中、「売却」という選択肢が現実的かつ前向きな解決策として注目されるようになってきました。その背景には、以下のような複数の要因があります。
先ほど前章にて、福祉用具貸与事業が直面する主な課題について触れましたが、2024年度の介護報酬改定では、福祉用具貸与に関して「過剰貸与の是正」や「モニタリングの適正化」が求められ、従来のビジネスモデルの見直しを迫られています。その一方で、報酬単価の伸びは限定的であり、経営努力だけでは利益を確保することが難しくなっています。
今後、在庫管理システムや配送効率の改善、福祉用具専門相談員の育成など、一定の投資が求められる中で、体力のない事業者は「このまま投資を続けるよりも、事業を譲渡して現金化したほうが合理的だ」と判断するケースが増えています。
近年では、ドラッグストアチェーンや介護大手、住宅関連企業などが福祉用具事業に積極的に参入しており、スケールメリットを活かした運営を進めています。彼らにとって、すでに顧客基盤と地域での信頼を築いている中小の福祉用具事業者は、非常に魅力的なM&A対象です。
特に、モニタリングの体制が整い、ケアマネージャーとのネットワークが強い事業所は、高い評価を受けやすく、事業譲渡の交渉もスムーズに進む傾向があります。
福祉用具貸与事業は、他の介護サービスに比べて設備投資や採用リスクが小さいことから、比較的参入しやすい分野として中小の個人経営が多い傾向にあります。しかし、そうした事業所では、経営者自身が高齢化し、後継者がいないという課題を抱えていることも少なくありません。
廃業するにしても、利用者対応や在庫処理など負担が大きいため、「きちんと引き継いでくれる先に売却したい」と考える経営者が増加しているのが現状です。
地域でのサービス継続
廃業では地域の利用者やケアマネージャーに混乱が生じますが、売却することによって事業が継続されれば、信頼関係を保ったままサービス提供を続けることができます。
従業員の雇用維持
事業が引き継がれることで、スタッフの雇用も守られ、モチベーションや業務の継続性にも良い影響を与えます。
経営者自身の将来設計
売却後はリタイアや新たなビジネスへの挑戦など、次のキャリアに向けた選択肢が広がります。
経営者の高齢化や後継者不足が深刻化する中、単なる「廃業回避」ではなく「事業成長」を実現する選択肢として、大手企業との提携や傘下入りという選択肢も存在します。
では、なぜ「大手との連携」が有効な手段なのか、実際に得られる主なメリットを紹介します。
大手企業は広域での営業ネットワークや販路を持っており、提携することでそれらを活用できるようになります。たとえば、今まで地域限定で展開していた福祉用具貸与サービスが、近隣市町村や他県への進出の足掛かりになることもあります。
また、病院・居宅介護支援事業所・老人ホームなど、全国規模で取引を行っている大手のネットワークを活用することで、自社単独ではアプローチできなかった顧客層にもリーチできるようになります。これにより、売却を通じて「エリアの拡大」だけでなく、「新しい市場・顧客の開拓」が可能になります。
中小の福祉用具貸与事業者にとって、マーケティングはどうしても後回しになりがちです。しかし、大手企業は専任の広報・マーケティング部門を持ち、ウェブ広告、パンフレット、SNSなどを通じた情報発信のノウハウと予算を持っています。マーケティング力の強化は、単なる認知度の向上にとどまらず、顧客との信頼関係の構築やサービス選定時の第一想起にもつながってくるため、買収・提携後は以下のような支援が期待できます。
パンフレットやWebサイトによる販促
地域のニーズに合わせた営業戦略の提案
ケアマネ向けの営業資料やPRツールの提供
福祉用具貸与においては、「どの会社から借りるか」よりも「安心して任せられるか」が選ばれる大きなポイントになります。
大手企業のブランド力は、利用者やケアマネージャー、さらには行政担当者に対しても安心感と信頼を与えます。たとえば、全国的に知名度のある企業の傘下に入ることで、「〇〇グループの一員」として紹介され、信頼度が一気に高まることがあります。「会社の看板を変えることに抵抗がある」という声もありますが、大手と提携することで得られる信頼は、事業拡大の追い風となるはずです。このようなブランド力の後ろ盾は、以下のような場面で効果を発揮します。
新規利用者との契約時の安心感
スタッフ採用時の応募増加
他の介護事業者との連携時の信頼度向上
このように、大手企業との提携は、事業を次のステージへ進めるための戦略的な一手となります。これまで築いてきた地域の信頼やスタッフとの絆を大切にしながら、未来に向けて新たな展開を目指す経営判断として、十分に検討する価値があります。
売却する際の一般的な流れを、6つのステップに分けてご紹介します。
まずは自社の経営状況を客観的に整理することが重要です。これらを明確にすることで、売却時の価値(企業評価)や買い手候補のイメージが見えてきます。
財務状況(売上・利益・在庫・借入など)の確認
レンタル契約の件数、地域のシェア、主要顧客の把握
スタッフの人数・配置・雇用状況の整理
レンタル機器や備品の台帳・償却状況の確認
自社だけで売却を進めるのはリスクが高いため、M&A仲介会社や事業承継専門のアドバイザーに相談することを推奨します。秘密保持契約(NDA)を結んだうえで話を進めるのが一般的です。
業界に強いM&A仲介業者に相談することで、同業・近隣エリアの買い手候補を紹介してもらえます
介護・福祉業界のM&Aは介護報酬や給付制度に関わるため、業界に精通した支援者の選定が重要です
買収希望企業に提示する価格や条件を決めるために、企業の価値評価を行います。事業譲渡か株式譲渡か(法人ごと売るのか、事業だけを売るのか)によっても手続きが異なります。
売上・利益だけでなく、保有機器の価値、顧客基盤、スタッフ体制なども評価対象になります
地域の市場性(商圏の将来性、競合の数)も加味されます
買い手候補が見つかった後は、まず相手の関心度を確認し、TOP面談を行って、双方の条件をすり合わせていきます。面談で合意した主な内容は、LOI(基本合意書)として取り交わされ、その後、詳細な調査(デューデリジェンス)へと進みます。
希望売却価格と支払方法(現金一括・分割など)
従業員の雇用継続方針
引き継ぎ期間中の経営者の関与範囲
ブランド名や既存の顧客契約の取り扱い
デューデリジェンスでは買い手側が、売却企業の実態を詳しく調査します。この過程で問題が発見された場合、条件の見直しや是正が求められることがあります。
財務・税務・労務・法務の調査
レンタル機器の所有権、修理・メンテ履歴
福祉用具貸与事業所としての指定要件や許認可
すべての条件が整えば、正式な譲渡契約を結びます。引き継ぎ期間は、数ヶ月〜半年程度が一般的です。経営者がしばらく顧問や引き継ぎ役として残留するケースもあります。
株式譲渡契約書または事業譲渡契約書の締結
売却代金の受け取り(引き渡し)
取引先やケアマネへの通知・説明
従業員への説明と雇用契約の見直し対応
管理ソフト、請求業務、介護保険制度への対応調整
事業売却を成功させるためには、まず自社の価値を正しく把握することが不可欠です。売却価格を決める際は、売上や利益だけでなく、顧客基盤、設備、スタッフのスキル、地域での評判なども評価対象となります。専門家の助言を得て客観的に自社の評価を行いましょう。
また、交渉では単に価格だけでなく、売却後の条件や従業員の処遇、事業継続の方針なども重要なポイントです。相手企業との信頼関係を築き、双方にとって納得のいく合意を目指すことが大切です。
事業売却は従業員や顧客にとっても大きな変化を伴います。売却を円滑に進めるためには、まず従業員への十分な説明と相談の場を設けることが重要です。将来の雇用や労働条件について不安を払拭し、安心感を与えることが離職防止につながります。また、顧客に対しても事業継続やサービスの質が保たれることを伝え、信頼を損なわないよう丁寧なコミュニケーションが求められます。段階的に情報を開示し、透明性を持って対応することで混乱を避けられます。
事業売却後も、一定期間は契約上の責任や義務が残る場合があります。契約書の内容を詳細に確認し、責任範囲や保証事項、引継ぎのサポート体制などを明確にしておくことが不可欠です。
また、トラブル防止のため、売却後の対応期間や対応方法についても合意を形成しておくと安心です。専門家のチェックを受け、リスクを最小限に抑えた契約内容にすることが、スムーズな事業承継につながります。
自動車関連情報サービスを主力とする上場企業である株式会社プロトコーポレーションは、連結子会社である株式会社プロトメディカルケアの全株式を、株式会社ベネッセホールディングスへ譲渡しました。
ベッドや福祉用具の製造・販売・レンタルを手がけるフランスベッドホールディングス株式会社は、連結子会社であるフランスベッド株式会社を通じて、山口県を中心に福祉用具貸与・販売を行う地域密着型の株式会社ホームケアサービス山口の株式を取得し、完全子会社化しました。
福祉用具の製造で知られる幸和製作所の子会社である株式会社幸和ライフゼーションは、福祉用具レンタル事業の一部を、全国展開する福祉用具レンタル大手の株式会社ヤマシタに1億円で譲渡しました。株式会社ヤマシタは譲渡を受けた営業所を自社に統合しました。
医療関連サービスや福祉用具レンタルなどを全国で展開する株式会社トーカイは、福岡県を中心に事業を行っていた株式会社佐藤が営む福祉用具貸与・販売事業等を会社分割により承継しました。これにより、株式会社トーカイは九州地方における顧客基盤の拡大とシェア向上を図り、より競争力のあるビジネスへの進化を目指しています。
福祉用具貸与事業を取り巻く環境は、大きな転換点を迎えています。「まだ売却するには早い」「このままもう少し頑張りたい」と思われる方も多いと思いますが、実際には“売れるタイミング”には限りがあり、経営環境が悪化してからでは譲渡の選択肢が狭まってしまう可能性もあります。
重要なのは、「撤退か継続か」の二択ではなく、「誰に、どのように事業を引き継ぐか」という視点を持つことです。利用者や従業員の安心を守りながら、経営者としての責任を果たすための手段として、M&Aは前向きな選択肢になり得ます。
当社でも、福祉用具貸与事業の売却・譲渡・買収に関するご相談を多数いただいております。
もし今後の方向性にお悩みであれば、お気軽に当社までご相談ください。専門的な知見をもとに、最適な選択肢をご提案させていただきます。
マネージャー
Y.TERUI
埼玉県出身。関東の国立大学を卒業後、宝飾品業界を経て、2018年にCBグループへ入職。薬剤師の独立開業支援や調剤薬局のM&Aを経験し、現在は介護・福祉事業を中心としたM&Aに携わっている。これまでに手がけた案件は、住宅型有料老人ホーム、介護付き有料老人ホーム、グループホーム、デイサービス、訪問介護、訪問看護、調剤薬局など多岐にわたり、事業承継の支援に幅広く取り組んでいる。
