岡田 高弘 様
埼玉県でサービス付き高齢者向け住宅やデイサービス等を運営されていた介護法人の代表取締役、岡田高弘様(以下、岡田様)は、約12年間にわたり運営してこられた介護事業を、2025年3月に介護コンサルティングなどを手がける法人へ事業譲渡されました。
譲渡後は、介護事業と並行して取り組んできた別事業に注力しつつ、新たな事業展開の構想も温めている岡田様。今回のインタビューでは、介護事業への参入の経緯から、譲渡に至った背景や理由、そしてこれから事業譲渡を検討される方へのアドバイスまで、幅広くお話を伺いました。
| 本社所在地 | 埼玉県 |
|---|---|
| 業態 | サービス付き高齢者向け住宅、中規模以上デイサービス、訪問介護、居宅支援事業所 |
| 譲渡理由 | 後継者不在 |
| ストラクチャ | 事業譲渡 |

介護事業を始めたのは今から12年前のことです。それまでは市役所に勤務しており、介護や福祉の分野に直接関わっていたわけではありませんでした。行政の現場で社会教育主事として、地域の活性化や大型ショッピングモールへのアンテナショップの立ち上げなどに携わっていた私は、退職後も「地域の役に立つ仕事がしたい」という思いをずっと持ち続けていました。
ただ、市役所を辞めてすぐ介護事業を始めたわけではありません。退職後の2年間はミャンマーで日本語教師をしていました。そこで出会った外国の方々と触れ合う中で、いつか彼らを日本で雇用したいという夢を抱くようになりました。当時は制度的な壁もありましたが、日本で生活基盤を築いていく彼らの様子を見ると、介護業界における外国人介護人材の可能性も感じるようになりました。
帰国後、次にすべきことを模索していたところ、所有する土地に建つアパートが老朽化のため、解体を余儀なくされました。当時は地域経済が低迷し、アパート経営も難しい時期でもありました。
そんな中で目に留まったのが「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」制度です。ちょうど制度が始まったばかりで、補助金の仕組みも徐々に整い始めた頃でした。地域に根ざした事業を模索していた私は、「せっかく建てるなら、地域の役に立つものを」との思いから、介護や福祉の経験はなかったものの、思い切ってサービス付き高齢者向け住宅の立ち上げに挑戦することを決意しました。そこには、これまでお世話になった地域の高齢者や、先輩方へ感謝の気持ちを、形にしたいという想いも込められています。
事業の軸に据えたのは、「地域貢献」と「人を大切にする」という姿勢です。
当時はまだ地域に働く場所も少なく、「働く場を提供すること自体が社会貢献だ」と考えていました。従業員が安定した収入を得て、生活が豊かになっていく姿を見るのが本当に嬉しかったですね。「新しい車を買いました」と報告してくれる姿に、私も思わずニヤニヤしてしまう、そんなあたたかい職場づくりを心がけてきました。
長年の運営を通じて、地域で子育て中の方々やシルバー人材、外国人スタッフを受け入れる中で、多様な働き方や人材の可能性を感じてきました。そういった積み重ねが、何よりの財産だと感じています。利益だけを追い求めるのではなく、地域の人々が笑顔で暮らし、働ける環境をつくる。その一心で、12年間、施設を運営してきました。
57歳の時に大病を患い心臓の手術を3回受けたのがきかっけで、65~66歳の間で事業を譲ることを考えるようになりましたが、子供たちはまだ若く、すぐには事業を承継できる状況ではありませんでした。年齢を重ねる中で体力や握力の衰えを日々実感するようになり、「自分が元気なうちにしっかり引継ぎをしておきたい」という思いが強くなったため、64歳頃に本格的に第三者への事業譲渡を検討し始めました。
また、介護事業の経営以外にも地域の町会長としての活動や不動産管理など、多岐に渡る業務に追われてほとんど休みのない生活が続いており、限界を感じていました。施設の裏に住んでいるため常に仕事のことが頭から離れず、精神的な負担も大きかったですね。譲渡後はその点で少し肩の荷が下り、家族も安心してくれています。
事業承継を本格的に考え始めた当初は、いくつかのM&A仲介会社や地域の事業承継引継ぎセンターに相談しながら、情報収集を進めていました。ただ、当時はなかなか譲渡先が見つからず、思うように話が前に進みませんでした。そのような中で、M&A仲介会社を紹介してくれる業者の方と出会い、そこを通じてCBパートナーズを含む複数の仲介会社をご紹介いただきました。実際に担当アドバイザーの方とお会いしたことで、一気に話が現実味を帯びていきましたね。
複数の仲介会社をご紹介いただいた中で、最終的にCBパートナーズさんにお願いしようと決めたのは、介護・医療分野に特化しているという専門性と、成功報酬型で明確な料金体系が整っていた点に、安心したからです。
担当アドバイザーの方は専門知識が豊富で、資料の作成から面談調整、買手候補企業とのやりとりまで、スピーディーに対応してくださいました。
要望を挙げるとすれば、譲渡直後の実務支援においてもう一歩踏み込んだサポートがあれば、移行がさらにスムーズに進んだのではないか感じています。というのも譲渡側・譲受側ともにM&Aが初めてで戸惑いも多かったため、そのような支援があるとより安心できたのではないでしょうか。
最も大切にしていたのは、「事業の継続性」です。これは単に施設が存続するという意味だけでなく、従業員がこれまでと同じように安心して働き続けられること、そして利用者様が今まで通り穏やかな日常を送れること、その両方を大切にしたいという想いがありました。

CBパートナーズさんからは、複数の買手候補企業をご紹介いただき、アドバイザーの方から各買手候補企業のPRを行っていただきました。その中で最終的に現在の譲渡先を選んだ一番の理由は、代表の方が介護事業のコンサルタントとして豊富なご経験をお持ちで、経営の安定性やコンプライアンスの面で安心感があったことです。
実はその代表の方は、以前私が参加した介護セミナーに講師として登壇されており、「この方であれば、施設をきちんと引き継ぎ、大切にしてくれるだろう」と確信できました。
条件面ですべてが理想通りだったわけではありませんが、単に事業を引き継いでくれる相手ではなく、「施設を大切にしながら継続して運営してくれる」であることを重視していたため、その点で考えが一致していたことが、譲渡を決断する大きな後押しとなりました。
従業員や利用者様の反応はさまざまで、大きな変化に対する戸惑いがあったことは否めません。特に、有休や給与等の取り扱いをめぐって一部で混乱が生じ、譲渡直前にスタッフの早期離職が発生してしまいました。いま振り返ると、譲渡前の準備や引き継ぎにおいて、お互いにもう少し細かな配慮が必要でした。
特に、従業員への説明や対応、備品の管理、制度の切り替えなど、細かな点まで丁寧に検討し説明すべきだったと感じています。こうした準備不足が現場の混乱につながってしまった面もあり、今後M&Aを検討される方には、あらかじめ十分に備えておくべき大切なポイントだと思います。
ただ一方で、長年勤めてくれているスタッフたちは、今も変わらず施設のことを大切に思い、前向きに支えてくれています。利用者様も元気に過ごしてくださっており、私自身、「この場所がこれからも地域にとって必要な場であり続けてほしい」「新しい経営者のもとでしっかりと根付いていってほしい」という思いに変わりはありません。
今後は、これまで介護事業と並行して取り組んできた「便利屋事業」に、さらに注力していきたいと考えています。具体的には、草刈りや不用品回収、簡単な修繕作業などを行う地域密着型のサービスで、高齢化が進む中で可能性がある分野だと感じています。
現状は人手不足のために新たな人材確保に力を入れるなど、今後は多方面で活躍できる人材の育成が課題であり、目標でもあります。最近は地元の異業種交流会にも参加し、他分野の事業者と情報交換を行いながら、今後の可能性や協業のチャンスを模索しているところです。

事業の承継や譲渡を考えている方は、まず譲渡先としっかり時間をかけて話し合うこと、そしてお互いに信頼関係を築き、できるだけ仲良くなることがとても大切だと思います。話し合いを通じて信頼関係を築けるかどうかが、譲渡後のスムーズな運営やトラブル回避に直結します。
また、デューデリジェンス(事業の詳細な確認)は大変な作業ですが、売手としての責任を果たすためにも、書類や契約内容、引き継ぐべきポイントを丁寧にチェックしておくことが必要です。細かいところまでしっかり確認しておくことで、後々の不安や誤解を防げます。
特に、従業員の雇用継続や契約の引き継ぎ、備品の管理、法令の遵守など、見えにくい部分に注意を払うことも忘れないでほしいです。
譲渡は単なるビジネスのやり取りではなく、これまで積み上げてきた事業や地域、そして従業員や利用者様の未来を託す重要な決断です。焦らず丁寧に準備を進めて、安心して次の一歩を踏み出していただきたいと思います。
