病院の倒産件数は一般的に少ないとされてきましたが、近年は増加傾向にあります。2024年には、病院・クリニック(診療所)・歯科医院などの医療機関で、過去20年間で最多となる64件の倒産が発生しました。このうち、ベッド数20床以上の病院は6件で、前年比では約3.5倍と、大幅な増加となりました。休廃業・解散も過去最多の17件です。
倒産の主な原因として、収入減少(特にコロナ禍後の患者数減少)、人件費や材料費の高騰、コロナ関連融資の返済開始などが挙げられます。
このような事態は、地域の住民にとって医療の空白を生み出し、病院のスタッフや経営者にとっても大きな負担となります。経営者としては、病院が急に閉院に追い込まれるリスクを避けるために、あらかじめリスク管理や対応策を考えておくことが必要です。
本コラムでは、病院が突然閉院する理由から、その影響と共に経営者が知っておくべきリスク対策や、承継準備までを解説します。
出典:東京商工リサーチ|2024年「医療機関」の倒産、休廃業・解散調査
病院が突然閉院に至る一番の理由は、経営状態の悪化です。
近年では、新型コロナウイルスの影響が、閉院を加速させる大きな要因となっています。コロナ禍では、患者の受診控えによって外来数が大幅に減少し、検査や手術の延期も相次いだことで、病院の収益は大きく落ち込みました。一方で、感染対策にかかる設備投資や防護資材の費用、人員体制の維持などによってコストは増加し、経営への負担はより深刻になりました。
また、コロナ禍を乗り切るために活用された公的融資の返済が2023年頃から本格的に始まり、回復しきっていない収益構造の中で、返済の負担が経営を圧迫しています。加えて、医療従事者の過重労働や感染リスクによる離職・人材不足も経営を揺るがす要因となっています。こうした複合的な要因により、特に経営基盤の弱い中小病院や診療所では閉院に至るケースが相次いでおり、コロナ禍は病院経営の脆弱性を露呈させたとも言えます。
特に、以下の要因が重なると急激に経営が悪化につながります。
患者数の減少(地域の高齢化や競合の増加など)
診療報酬の引き下げ
高額な設備投資や医療機器の維持費用
医療現場では、医師や看護師、その他のスタッフ不足が深刻な問題となっています。特に中小規模の病院では、人材確保が難しいため、労働環境が厳しく、急にスタッフが退職し病院の運営が困難になることがあります。人手不足により、診療体制が維持できなくなった場合、急遽閉院を決定することもあります。
医療機関の多くは院長が経営を担っており、院長が急病や事故により突然不在になると、後継者がいない場合、経営が成り立たなくなります。特に個人経営の病院や小規模病院では、院長の役割が非常に重要であり、その存在が欠けると病院運営に大きな支障をきたすことになります。
医療過誤や訴訟問題が発生すると、病院の社会的信用が失われ、患者が減少することがあります。また、法的に対応するための費用がかさみ、経営が圧迫されるケースもあります。特に、医療過誤による賠償金やクレーム対応に追われると、経営が破綻することもあります。
後継者がいない、あるいは後継者が経営を引き継がない場合、経営が継続できず閉院に追い込まれることがあります。特に小規模病院では、院長の家族や身近な医師が後を継ぐことが多いですが、後継者不在や後継者が見つからない場合は閉院を選択する場合もあります。
地域の医療環境が変化することで、病院が維持できなくなることもあります。例えば、近隣に新しい病院が開院し、競争が激化したり、地域住民の高齢化により患者数が減少したりすると、急激に経営が悪化することがあります。
自然災害(地震、台風、大雪など)やパンデミック(例えば、COVID-19)など、外部からの影響も病院の存続に影響を与える場合があります。特にパンデミックなどでは、医療機関のリソースが圧迫されることで、閉院に追い込まれることもあります。
突然の閉院は、ただ病院のシャッターを閉めるというだけではありません。
経営者→スタッフ→患者→地域と、波紋のように影響が広がります。だからこそ、事前のリスク対策や、承継計画、緊急時対応フローの整備が重要です。
病院が即時に機能停止する場合、以下のような問題が発生します。
突然の病院閉院により、「通っていた病院が明日から閉まる」と知った患者は、どこに相談すればよいのか分からず、大きな不安を抱えることになります。通院していた患者は他の医療機関への転院を余儀なくされますが、紹介状の発行が間に合わない、カルテが取り出せないといった事情から、転院先での受け入れに時間がかかるケースも少なくありません。また、すぐに代替の受診先が見つからない事態も想定されます。
特に、慢性疾患や定期的な治療・服薬管理を必要とする患者にとっては、医療の継続が断たれることが健康の悪化につながるリスクとなります。さらに、リハビリテーションや緩和ケア、精神科医療など、代替施設が限られている診療領域では、生活や命に直結する深刻な影響を及ぼす可能性があります。
閉院により医師、看護師、薬剤師、事務職員など多くの医療従事者が職を失います。地域内で新たな勤務先がすぐに見つからない場合、人材は都市部など他地域に流出してしまい、「医師の偏在」がさらに進む原因になります。特に人材確保が困難な地方では、優秀なスタッフが戻らず、その後の医療提供力が長期にわたり低下するリスクも考えられます。
病院が果たしていた役割は単に診療にとどまりません。地域のクリニック、介護施設との連携、在宅医療や訪問看護の支援、予防医療の推進など、多岐にわたります。こうしたネットワークが突然途絶えることで、地域全体の医療体制が機能不全に陥る恐れがあります。特に地方や人口減少地域では、たった一つの病院が地域医療の「要」となっていることが多く、その閉鎖は事実上の“医療崩壊”を招くことになります。
病院の存在は、単に医療を受ける場所というだけでなく、住民にとって「安心して暮らせる地域」の象徴でもあります。その病院が突然なくなることで、「急病のときはどうすればよいのか」「家族の介護や看取りはどこでできるのか」といった不安が一気に高まります。
閉院は、経営者本人やその家族にとっても、極めて大きな精神的・経済的ダメージをもたらします。まず、閉院の決断そのものが、経営者にとって非常に重い選択です。患者や職員、地域住民の生活を支えてきた責任を感じている分、「病院を閉じる」という決断は自責の念や無力感を伴うものとなりやすく、精神的な負担は計り知れません。長年築いてきた地域との信頼関係が一瞬で失われることへの葛藤もあります。
また、経営者が個人保証をしていた場合、閉院後も多額の借入金の返済義務が残るケースもあり、私財を手放したり、自己破産に至ったりする例も少なくありません。経歴に「経営破綻」の事実が残ることは再就職や再開業にも影響を与えます。
家族への影響も大きく、生活の不安に加えて、社会的な立場の変化、精神的なストレスなどが重なります。家族経営であった場合は、家族全員が職を失うことにもつながり、経済的に非常に厳しい状況に追い込まれることもあります。
突然の閉院はやむを得ない事情があってのことも多いですが、法的な手続きと責任をしっかり踏まえて対応することが、患者・従業員・地域社会への信頼を守る最終手段となります。経営者にはいくつかの法的義務があり、それを怠るとトラブルや責任問題に発展する可能性があります。もし閉院せざるを得ない場合、以下について対応する必要があります。
病院や診療所を閉鎖する場合、医療法に基づき、10日以内に保健所へ「廃止届」を提出する必要があります。これを怠ると行政指導や、医療機関名が不適切に残ったままとなり、混乱の原因となります。
閉院後も、診療録(カルテ)等は5年間の保存義務があります(医師法第24条)。突然の閉院であってもこの義務は免除されず、廃院後に患者から情報開示請求があった際に対応できるようにしておく必要があります。保存が困難な場合には、他医療機関や第三者への引き継ぎも検討されます。
従業員の解雇が必要な場合は、少なくとも30日前に予告するか、解雇予告手当の支払いが必要です(労働基準法第20条)。社会保険や雇用保険の資格喪失手続きも速やかに行う必要があります。また、退職証明書の交付など、再就職に必要な書類の対応も求められます。
医療機器や薬品の納入業者、リース契約、清掃や給食など外部委託業者との契約を見直し、契約書に基づいて適切な手続きで解除または清算を行う必要があります。違約金や未払い金がある場合は、誠実な対応が求められます。
資金繰りが完全に行き詰まり、債務超過となっている場合は、破産申立てや民事再生などの法的整理手続きが必要になることもあります。代表者が個人保証をしている場合には、代表者個人の破産手続きも並行して行うケースがあります。
法的義務ではないものの、患者や地域住民への説明責任は極めて重要です。特に入院患者がいる場合や慢性疾患患者を多数抱える場合は、事前に転院先を確保するなどの措置が求められます。説明なく突然閉院すると、苦情、訴訟リスクにもつながります。
病院経営は医療の質とともに、「持続可能性」をいかに確保するかが問われます。突然の病院閉院を防ぐためには、日頃からの経営管理・リスク対策・地域連携がとても重要です。
事前準備によって、突然の資金ショートや後継者不在による閉院といった事態を回避し、患者や地域に対する責任を全うすることができます。
財務状況や収支バランス、人件費比率、外来数・入院稼働率などを定期的に可視化し、経営の健全性をチェックすることが基本です。専門家による第三者チェックや経営診断を受けることで、内部では気づきにくいリスクも早期に把握できます。
医療機関の経営者の多くが高齢化しており、後継者不在は閉院リスクの一因です。早期から後継者の育成・確保を検討し、承継計画やM&Aの選択肢も視野に入れておくことが望まれます。
突発的な収入減や予期せぬ支出にも耐えられるよう、一定の運転資金の確保や金融機関との信頼関係構築が欠かせません。コロナ関連融資の返済計画についても早めに見直し、返済負担が経営を圧迫しないよう備えておく必要があります。
人材の確保と定着は病院経営の基盤です。働きやすい環境の整備と職員との定期的な対話を通じて、離職リスクや職場の不満を早期に察知し、柔軟に対応できる体制をつくることが重要です。
経営や法律、会計、医療制度など、複雑な問題に対処するには、医療経営コンサルタントや弁護士、税理士など外部の専門家とのネットワークが役立ちます。困ったときにすぐ相談できる体制を整えておくことが安心材料になります。
どうしても継続が困難な場合に備え、患者の転院支援、カルテの引継ぎ、職員の再就職支援などを事前に検討しておくことも、責任ある医療経営の一環です。
医業承継とは、病院や診療所などの医療機関において、現在の経営者(医師)が引退や廃業をする際に、その医業を他の医師や医療法人などに引き継ぐことを指します。承継の形態には、親族間での承継や第三者への譲渡などがあり、地域医療を継続するための有効な手段とされています。
医業承継の場合、経営が引き継がれるため、閉院に伴う費用(解約費用、職員解雇手当、税務清算など)は発生しませんが、譲渡費用(M&A仲介会社、税理士・会計士への報酬など)や税金、職員の再配置にかかる費用などが発生します。一方、閉院する場合は、事業の終了に伴う費用が発生し、さらに清算手続きなどが求められます。
閉院に伴う費用としては以下のようなものが発生します。
| 閉院理由 | 医業承継を選ぶメリット |
|---|---|
| ① 財政難(赤字、借入返済困難) | 売却益や承継によって資産を活かせる。閉院コストを避けられる。職員や患者への影響も軽減。 |
| ② 後継者不在(親族が継がない) | 第三者承継という選択肢がある。親族に頼らずとも医院の継続が可能。 |
| ③ 経営者の高齢化・体調不良 | 医業のストップではなく「引き継ぎ」でリタイアできる。感謝されながら引退できる。 |
| ④ 僻地・人口減少で患者が減った | 医療法人や若手医師が新たな診療スタイルで活路を見出す可能性あり。現地医療の命綱にも。 |
| ⑤ 家庭の事情 (介護・転居・配偶者の都合など) | 自分の生活を優先しつつ、医院やスタッフを守れる。両立が可能。 |
| ⑥ モチベーションの低下、燃え尽き | 一線から退いて、医院は他者に委ねることで、心理的・実務的な負担から解放される。 |
| ⑦ 建物の老朽化・設備更新が困難 | 新しい後継者がリニューアル・再投資する可能性あり。自分で費用をかけずに環境改善ができる。 |
| ⑧ 診療報酬改定・制度改革による将来不安 | 柔軟な経営感覚をもつ若手医師や法人に委ねたほうが長期的に安定運営が可能。 |
まずは「なぜ承継を考えるべきか?」を自分の中でクリアにすることが大切です。
・いま、医院は黒字?赤字?(ざっくりで構いません)
・自分の年齢・健康状態はどうか
・家族に後継者がいるか・いないか
・医院の「資産」は(建物・設備・患者数・スタッフなど)
・閉院と承継、それぞれの希望と不安は
もし医院の将来に不安を感じているならひとりで抱え込まず、専門家に早めに相談することが成功のカギです。「相談」と聞くと少し身構えてしまうかもしれませんが、契約を前提としたものではなく、まずは気軽に話をしてみることからで大丈夫です。
・ 自治体や商工会議所の「事業承継支援窓口」→ 無料で相談にのってくれることが多い
・地元の税理士・会計士(医療業界に強い法人ならベスト)→ 経営状況を一緒に整理しながら将来の方向性を考えられる
・医療業界に特化したM&A仲介業者(無料相談から始められる)→ 後継者候補の紹介やスキーム提案も可能
「承継」といっても、すぐに誰かに譲るということではありません。最初は3年後・5年後の引退を見据えて準備で大丈夫です。医院の「価値」(売上、設備、スタッフ情報など)を少しずつ整理しておくことで、未来の「選択肢」が増えます。急ぐ必要はなくても、“考える”ことが最大の一歩です。
では医業承継をする際のイメージを簡単に解説します。





本コラムでは、病院が突然閉院に至る背景とその影響、そして医業承継という選択肢についてご紹介してきました。
経営の不安を感じながらも、日々の診療で手一杯で「どこから何を始めればいいかわからない」という院長先生も多いのではないでしょうか。
当社は、医療・介護・福祉業界に特化したM&A仲介会社として、これまで数多くの病院や診療所の承継をサポートしてまいりました。医療専門アドバイザーによる無料相談を随時受け付けておりますので、まだ具体的な方向性が決まっていなくても構いません。
「誰に聞いたらいいかわからない」「こんなこと相談していいの?」という内容でも、専門のアドバイザーが丁寧にお話を伺います。小さな疑問からでも、お気軽にご相談ください。
・医療法人の事業承継 出資持分の譲渡を検討する
・【税理士監修記事】持分あり医療法人の相続について
・病院・クリニックの事業承継のメリットや失敗しないために必要な手続き、手段、留意点とは
・クリニック・病院のM&A・事業承継の流れや相場とは?
・増加する後継者不在の医療機関とM&A
・クリニック閉院以外の選択肢 第三者承継で引退を考える
マネージャー
H.FUJIMOTO
